報道では、口蹄疫はヒトには感染しないと伝えられています。農林水産省の
サイトにも、「人にはうつりません」「牛肉や豚肉を食べたり、牛乳を飲んだりしても口蹄疫にかかることはありません」「口蹄疫にかかった家畜の肉や乳が市場に出回ることはありません」などと書かれています。本当でしょうか。
Wikipedia の「
口蹄疫」の項目には「ヒトへの感染」という一節があり、「感染することがある」と明記されています。さらに 「ミルクにより最低でも 2人の子供が口蹄疫に感染して死亡したとの報告がある」 との記述もあります。
また、『広辞苑』(岩波書店)には次のような説明があります:
こうてい‐えき【口蹄疫】 家畜伝染病の一。有蹄類、特に牛・豚・羊などの急性疾患。病原体はウイルス。感染獣は発熱・流涎し、口腔粘膜・蹄部皮膚などに多くの水疱を生ずる。人にも感染することがある。
さらに、『デジタル大辞泉』(小学館)には「まれに人間に感染する場合もある」、『栄養・生化学辞典』(朝倉書店)には「ウイルス性の伝染病で (中略)
人畜共通」との記述があります。
調べてみると口蹄疫がヒトに感染した事例がいくつも見つかります。以下は、イギリスの公共放送 BBC が伝える感染事例です:
記事は、2001年にイギリスで口蹄疫が大流行し、1000万頭の家畜が処分され、当時の為替レートで 1兆 4000億円の損害を出したときに書かれたもので、それ以前のヒトへの感染事例を紹介しています。以下は記事からの抜粋・適当訳です:
口蹄疫がヒトに感染したという報告は世界中に何ダースもあるが、イギリスでは 1966年に Northumberland でおきた感染が唯一の先例である。
35歳の男性、Bobby Brewis は農業機械のセールスマンで、Yetlington という村の農場で兄と一緒に暮らしていた。家畜とは間接的な接触があるだけであった。
彼の住んでいる農場で口蹄疫が発生したのは 1966年 7月 28日のことで、飼われていた動物は 2日後に殺処分された。
Bobby Brewis はこの作業を見てはいたが、自ら参加することはなかった。その農場では感染した家畜からとられたミルクが(食用・飲用に)使われていたと報告されている。
その 4日後、微熱、のどの痛み、手のひらの水泡、舌のみみず腫れなどの症状が彼に現れた。
医師(複数)によって採取された組織サンプルの一つから口蹄疫ウィルスの痕跡が検出された。しかし、残りの組織サンプルは陰性だった。
水疱は 2週間ほどで消えたが、8月中頃、再び手に現れた。
この男性の皮膚が、体質的な理由でウィルスに感染しやすい状態にあったのではないか、との指摘があった。
この感染事例について医師団は “British Medical Journal”(『医学会会報』)に次のように書いている ―― この事例では他の人への感染は起きなかった。また、患者は発病前も発病後も動物と接触しておらず、この経路で感染が拡大したとの証拠はない。
記事には次のようなことも書かれています:
- ヒトへの感染の記録は 1695年まで遡れる
- ヒトに感染した場合の潜伏期間は 2日で、まれには 6日を超えることもある
- 手に水疱ができるが、ときには足や口にも水疱が現れる
口蹄疫のウィルスは、乳幼児や子供によく見られる
手足口病のウィルスと同系統です。
これだけ ヒトにも感染するという情報があるにもかかわらず、「人にはうつりません」 と言いきってしまう農林水産省の神経はそうとう太いのか、よほど鈍感なのか。
農林水産省としては、生産者寄りの立場で、風評被害を防ぐために「人にはうつりません」 と大見得を切らざるを得ないのかも知れません。では、「消費者の視点から政策全般を監視する」はずの消費者庁は、このような農林水産省のサイトの「不当表示」にクレームをつけてくれないのでしょうか。
口蹄疫の感染拡大を防ぐため、政府は口蹄疫が発生した農場から半径 10km 以上、20km 以下の範囲に飼育されているすべての牛と豚を早期出荷し食肉に加工しようとしています。発生農場の周りを「無畜地帯」で囲んで、感染が広がらないようにする窮余の策です。火事の延焼を防ぐためにおこなわれる
破壊消火のようなものです。
このようにして急遽出荷された食肉に特別なマークが付けられるわけではなく、消費者には区別する手段がありません。10km 以上 20km 以下の範囲の牛や豚が本当に口蹄疫に感染していないという保証はなく、「牛肉や豚肉を食べたり、牛乳を飲んだりしても口蹄疫にかかることはありません」といくら農林水産省に言われても、そのことを疑わせる過去の事例もあるので鵜呑みにはできません。
結局、産地表示などをよく見て疑わしい食品は買わず、口にせずの方針をとるか、牛肉・豚肉を食べることを一切やめてしまうしかないのかも知れません。あるいは農林水産省を信じて、腹をくくるか ……。