日本で地震や火山活動が活発になると、朝鮮半島で大きな地震が起きる傾向があるようです。そのような事例を 『歴史のなかの大地動乱 ― 奈良・平安の地震と天皇』(保立道久、岩波新書、2012)から抜粋します。引用文(字下げした部分)中に「陸奥海溝地震」とあるのは一般には「貞観地震」と呼ばれている地震です。
▼8世紀前半、日本では大きな地震が相次いで発生しましたが、8世紀後半になると地震活動は一時的な静穏期に入り、代わって九州の火山活動が活発化します。742年、大隅国で海底火山噴火; 764年、大隅国で海底火山噴火、爆発音が都にまでとどろき、3つの火山島が誕生; 772年、豊後国鶴見岳噴火、死者47人:
同じ「大地動乱の時代」に入っていた隣国の新羅では、777年に地震があり、(中略)翌々年、779年に王都に死者100余人を出す大地震が発生し、これをきっかけとして王都で反乱が起こり、恵恭王は王妃とともに殺害された。
▼昨年3月の東北地方太平洋沖地震は西暦869年に東北地方でおきた「貞観地震」の再来といわれていますが、この「貞観地震」の後、朝鮮半島で地震が連続して発生しました:
869年(貞観11)5月の陸奥海溝地震の後、約2ヵ月経って、肥後国において相当の規模(M7?)をもつ誘発地震が起きている。そして、朝鮮の史書『三国史記』によれば、その9ヵ月後、870年4月に新羅の王都慶州で地震が起きている。さらに872年4月には同じく慶州で、また875年2月には王都および東部で地震が発生している。(中略)870年代前半に地震記録が3回も集中していることは、一般に地震記録が少ない朝鮮の史書においては特異なことである。
▼室町時代の1454年に奥州で地震や大規模な津波があったとの記録が残っています。「夜半ニ天地震動。奥州ニ津波入リテ、山の奥百里入リテ、カヘリニ、人多取ル」との文面から、東北地方太平洋沖地震にともなう津波と同程度の規模であった可能性があります:
問題は、この室町時代の奥州津波の後にも、韓半島で大地震が発生したことである。この奥州津波は、西暦でいうと、1454年12月21日にあたるが、『朝鮮王朝実録』によると、その約1月後、西暦1455年1月24日(朝鮮王朝暦、端宗王2年12月甲辰)に、朝鮮の南部、慶尚道・全羅道などで大地震があって多数の圧死者がでている。また、この6年前、西暦1449年(宝徳1)に、対馬で地震が発生したという記録もある。
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