2009年11月20日金曜日

大声で泣き叫ばない日本人

14日に発生した韓国・釜山市の室内射撃場の火災では、日本人観光客を含む 16人が死傷しましたが、それに関連して『朝鮮日報』紙が以下のコラム記事を載せています:
習慣や文化の違いなのでしょうが、日本人の目から見ると、葬儀に際して大声で慟哭するのは奇異に感じます。祖父母から聞いた話で、満州(中国東北部)の話か朝鮮の話かはっきりしないのですが、雇われて葬儀に参列し、大声で泣き叫んで報酬を得る「泣き女」と呼ばれる職業があったとのこと。今もそういうことがおこなわれているのかは、知りませんが。

葬儀のときの号泣もそうですが、反日デモのときの参加者の激高ぶりも、私にはかなり衝撃的です。感情を、われわれ日本人から見るとかなりオーバーなレベルで表に出すという点で、いつもイタリア人を連想してしまいます。イタリアも半島、朝鮮も半島、という点で何か共通の因子があるのかもしれません。

イタリア半島がとりついている大陸側にはフランス、朝鮮半島に対しては中国。私のステレオタイプな見方では、フランス人と中国人にも共通点があるような…。ともに理屈っぽくて、大声で議論し合う、というか、ののしり罵倒し合う。

ところで、室内射撃場の火災の件では、現地警察の記者会見が何度かおこなわれています。その映像を見ていて、日本の警察とは違うなと思った点が一つあります。それは、会見に現れる警察側の人数。日本では、通常 3~4人が報道関係者たちの前に着席して、そのうちの一人が主にしゃべるという形式です。残りは、返答に窮したときの助け船要員ということなのでしょう。そして、それらの警察官の中に、その警察署の最高幹部が入っていることは、まずありません。それに対して、今回の釜山の件では、報道関係者たちの前に現れたのは一人。それも、肩章に 4つの星があることから、少なくともその警察署の最高幹部の一人であろうと推察されます(間違っていたらごめんなさい)。最高幹部が一人で捜査の進捗を説明し、記者の質問にもテキパキ答えるというのは、見ていて痛快です。日本の警察のエライさんには、まねできないのではないでしょうか。