5月15日付『朝日新聞』朝刊社会面に、「地滑りで別荘65メートル動く 南阿蘇の夫婦、気づいたのは朝」というタイトルの記事が掲載されています。熊本地震の「本震」によって発生した地滑りの土砂が、上に別荘と住民を載せたまま斜面を滑り落ちたものです。記事の一部は以下で読むことができます。「別荘自体は窓ガラスも割れず、別荘前の道路は残り、車も無事だった」:
- 地滑りで別荘65m移動、中の夫婦翌朝気づく 熊本地震 (写真3葉あり)
- 地滑りで別荘65m移動、中の夫婦翌朝気づく 熊本地震 (写真あり)
現地調査した防災科学技術研究所の研究者によると、地滑りは「長さ約100メートル、幅約90メートル、深さ3~10メートルほどの塊のまま斜面が約65メートル滑り落ちた」とのこと。
今から1300年以上前の西暦679年注(天武天皇7年12月)、福岡県南部を震源とする大地震(筑紫地震、推定規模 M6.5~7.5、推定最大震度6弱)でも同じことが起きました。日本書紀に記録が残っています:
十二月二七日、臘子鳥が、天をおおって西南から東北に飛んだ。
この月、筑紫(福岡県)の国で、大地震。地が広さ(幅)二丈、長さ三千余丈も裂けた。百姓の家屋が、村ごとに多く倒壊した。このときある百姓の家が、岡の上にあった。地震の当夜、岡が崩れて(別の)処に(移)動した。しかし、家はまったくなんともなく、こわれはしなかった。家人は、岡が崩れて家が(難を)避けたのを知らなかった。ただ夜が明けてからそれと知り、大いにおどろいた。
山田宗睦訳 『日本書紀(下)』 (教育社新書 <原本現代訳> 41)
今回の南阿蘇村での出来事と非常によく似ています。
筑紫地震で生じた地割れは、1丈は約3mですから、幅約6m、長さ約10kmに達したことになります。
地震記事の直前に臘子鳥(アトリ)の記事があるのは、日本書紀の編纂にあたった史官が、アトリの大群の出現と大地震の間に何らかの関係があるとみていたからかも知れません。少し前の同年10月には、「綿のようなものが、難波にふった。長さ五、六尺、広さ(幅)七、八寸。風のままに松林と葦原にひらひらとふりかかった。時の人が『甘露だ』といった」という不思議な現象も記録されています。
筑紫地震は『日本書紀』だけでなく、『豊後国風土記』にも記録されていて、地震によって温泉が湧き出したり、間欠泉が噴き出したりしたことがわかります:
五馬山。郡の役所の南にある。昔、この山に土蜘蛛がいた。名を五馬媛といった。これによって五馬山という。飛鳥の浄御原の宮で天下をお治めになった天皇(天武天皇)の御世、戊寅の年(六七八注)に、大きな地震で揺れて、山も岡も裂けて崩れた。この山の一つの谷間は崩れ落ち、怒り狂った泉が、あちらこちらに吹き出した。湯の気は盛んで熱く、飯を炊くのに使えば早く炊き上がる。ただ、一所の湯は、その穴が井に似ている。穴の口の直径は約三メートル余り、深いか浅いかわからない。水の色は濃い藍色のようであり、いつも流れてはいない。人の声を聞くと、驚き怒って泥を噴き騰げること、約三メートルほどである。今、いかり湯というのは、これである。
中村啓信監修・訳注 『風土記 下』 (角川文庫 19241)
五馬山(いつまやま)は現在まで残っている類似地名から、大分県日田市天瀬町(地図)付近であろうと推定されています。
注: 筑紫地震の発生年については、西暦678年とするものと西暦679年とするものがあります。日本書紀は、筑紫地震を天武天皇7年(戊寅)12月の出来事としています。天武天皇7年は西暦678年に始まるのですが、12月は西暦679年1月中旬~2月中旬にずれ込んでいます。このため、678年と679年という2通りの記述があるのだと思われます。
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