国際司法裁判所への提訴はラッド政権の選挙公約にもなっていたようですが、同政権はこれまでためらってきました。ためらいの理由は、一つには明確に勝訴できる確信が持てないこと、そしてもう一つは同国が主張している南極大陸の領有権に悪影響が出かねないという懸念です。以下の資料にあるように、オーストラリアは南極大陸にある総面積 5,896,500km² の広大な土地を自国領土と主張しています:
この南極大陸における領土主張が国際司法裁判所の審理過程で争点になった場合、オーストラリアにとって不利な結論が出かねないという点をオーストラリアの国際法専門家は指摘しています。以下は『シドニー・モーニング・ヘラルド』紙が掲載した「Whaling collision - new angle (捕鯨紛争 ― 新しい視点)」と題する記事の抜粋・意訳です (当該記事は 今年 1月初旬に掲載されたもので、現時点でリンク切れになっています。▼印を付けた見出しは私がつけたものです。):
▼日本はオーストラリアの南極領土を認めていない
南極海での衝突によって、オーストラリア政府は日本の捕鯨活動に対して法的な対応をとるべきだとの圧力にさらされている。しかし、国際法の専門家は、日本はオーストラリアの主張する南極領土を認めておらず、何らかの法的処置は思わぬしっぺ返しを招く恐れがあると警告している。
▼日本に対して法的対応をとる根拠が乏しい
シー・シェパードのアディ・ギル号と日本の第2昭南丸の衝突は、タスマニア島の南 1300海里(約 2400km)で発生した。同海域はオーストラリアの(主張する)南極領土に近接している。オーストラリアの海難救助範囲内ではあるが、経済水域の外側である。
オーストラリア国立大学の国際法の教授 Don Rothwell 氏は、この点が、オーストラリアの司法権に制約を与えていると語る: 「第一に、日本はオーストラリアの南極領土沖の海域についてのオーストラリアの主張を認めていない。さらに、今回の衝突にはオーストリア船籍の艦船が関与していないし、オーストラリア国民が負傷したわけでもない。したがって、法律的には、日本に対する法的対応をとる根拠が非常に乏しい。」
▼オーストラリアの南極領土に対する主張が非合法であると認定される恐れ
ニュー・サウス・ウェールズ大学の David Leary 博士は、オーストラリアによるいかなる法的対応も、オーストラリア自身の領土権の主張を危うくすることになりかねないと語る: 「オーストラリアが自国の法律を南極大陸沖の海域に適用しようとすれば、国際司法裁判所においてオーストラリアの南極領土に対する主張が非合法であると認定されることになりかねない。」
しかし、同博士は、日本が南極海でおこなっている捕鯨が国際法に違反していることは明白だ、とも語る。「自らの行為を科学的な捕鯨であるとする日本の反論は、ほとんどの人が見抜いているように言い訳にすぎない。日本の行為が科学的調査ではなく商業捕鯨であることは、法的根拠に照らしてきわめて明瞭である。」
▼国内法を適用しようとするオーストラリアの立場も根拠が薄弱
オーストラリア政府は非常に難しい立場に追い込まれているようだ。日本は国際捕鯨取締り条約(International Whaling Convention)の観点から明らかに国際法に違反しているが、一方、国内法を適用しようとするオーストラリアの立場も国際司法裁判所ではきわめて根拠が薄弱である。
オーストラリアのとりうる法的対抗措置の選択肢は限られている。ジュリア・ギラード副首相(注)は、外交チャネルを使った対応を模索すると発言している。 (注: 英語では“Acting Prime Minister”(首相代理)です。報道では「副首相」としているものが多いですが、実際は官房長官のような感じではないかと思われます。)
▼オーストラリア政府が追求すべきこと
Don Rothwell 教授は、オーストラリア政府が検討すべき手段がもう一つあると語る。それは、国際司法裁判所において日本の捕鯨活動をただちに止めさせる禁止命令を求めることである。「最終的に、政府は外交的手段でどれほどの成果が上げられるのか、自問しなければならない。今年の中頃に開かれる国際捕鯨委員会(IWC)が決裂したり、意味のある進展が見られなかったりした場合には、2010年から 2011年にかけての捕鯨シーズンに向けて、法的な手段が真剣に検討されることになるだろうと思う。」
オーストラリア政府は、捕鯨船と環境保護団体の船舶の衝突を防止する効果があるとは考えられないので、日本の捕鯨活動を監視するために艦船を派遣することはないとしている。
(続く)