先月、ニュートリノ(中性微子)が光よりも速く移動しているという実験結果が発表され、世界中に大きな衝撃を与えました。これが事実であれば、現代物理学の基盤をなしている相対性理論が揺らぐことになるからです:
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どうやってニュートリノの速さを測ったかというと、スイスにある CERN(欧州原子核研究機構)から 730km 離れたイタリアのグラン・サッソ国立研究所に向けてニュートリノを発射し、その到着時間を計測。その結果、光が要する時間よりも 約 60ナノ秒(1 ナノ秒は 10億分の 1秒)早くニュートリノが到着したという結果だったのだそうです。
CERN からグラン・サッソまでは光速で約 2.4ミリ秒(ミリ秒は 1000分の 1秒)。実験チームは、GPS衛星からの電波を利用して 2地点間の距離を精密に測定し、両者の時計を厳密に同期させた上で、3年間、15000回の測定をくり返して、ニュートリノが光よりもわずかに速いスピードで飛行しているとの結論に至ったのだそうです。
この実験は、「光君」と「ニュートリノ君」をスタートラインに並べて「用意ドン」で走らせ、ゴールラインでどちらが先にテープを先に切るかを見届けたわけではありません。別々の「競技会」で光君とニュートリノ君が出した記録を比較して、ニュートリノ君の方が少しだけ速いと結論したのです。アメリカのカール・ルイスとジャマイカのウサイン・ボルトのどちらが速いのか、世代の違う 2人を並べて競争させるわけにはいきませんから、前者の過去の記録と後者の現代の記録で比較するようなものです。このような比較をおこなう場合、両者の記録を測定したときに使われたトラックの長さや、時計の正確さが非常に重要になります。
実験チームは、結果の重大性に鑑みて、CERN-グラン・サッソ間の距離の測定や、2地点間の時計の同期に何らかの誤差の要因が残っていかなど、検証を積み重ねました。実験チームの言葉を借りると、「初めは、とんでもない間違いをしていると思った」、「あらゆる否定を試みたが、最後までどうしても(60ナノ秒が)消せずに残った」のだそうです。
実験結果を何とか説明しようとする、つまり、実験方法に問題がありニュートリノが超光速で飛行したわけではないとする論文がすでにいくつも出ています:
- Faster-than-light neutrinos face time trial (超光速ニュートリノは時の試練に直面)
- The OPERA neutrino velocity result and the synchronisation of clocks (OPERA実験によるニュートリノ速度の測定結果と時計の同期)
- Times of Flight between a Source and a Detector observed from a GPS satelite (GPS 衛星から見たニュートリノ発生源と検出装置間の飛行時間)
(1) は科学誌『ネイチャー』の記事ですが、それが参照している (2) の論文は、重力の影響によって CERN とグラン・サッソの時計が厳密には同期していなかったのではないかと指摘しています ―― 地球の中心からの距離が違うため、CERN の方がグラン・サッソ研究所よりも重力がわずかに強い。重力が強いと相対性理論の効果によって時計の進み方が遅くなる。CERN の時計の方がグラン・サッソの時計よりもわずかに遅く進んでいたことが、測定結果に影響した。
(3) は、測定チームが時計の同期や距離の測定に利用した GPS 衛星(単数)が、CERN やグラン・サッソに対して相対的に動いていた点に着目。この相対的な動きの影響を計算すると 64ナノ秒になり、実験チームが発表している光とニュートリノの到着時間の差 60ナノ秒(厳密には 60.7±6.9(統計誤差)±7.4(系統誤差)ナノ秒)を説明できるとしています。
730km を飛行して 60ナノ秒の差がつくということは、ニュートリノが光より 0.0025% 速いということです。2002年に東京大学の小柴昌俊名誉教授がノーベル物理学賞を受賞するきっかけとなった超新星 SN 1987A の爆発では、約16万光年離れた大マゼラン星雲内の超新星から地球に、光とニュートリノがほぼ同時に届いています。もし、ニュートリノが光よりも 0.0025% 速いとすれば、ニュートリノは光よりも 4年早く地球に届くはずなのですが、そうではありませんでした。
超新星 SN 1987A のことを考えると、ニュートリノが超光速で飛ぶとは考えにくいように思います。しかし、この先どんなどんでん返しがあるかわかりません。この件からは、しばらく目が離せません。
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