2010年3月6日土曜日

豊後水道周辺でスロースリップ (補足)

前の記事「豊後水道周辺でスロースリップ」に関連して、以前読んだ 『スロー地震とは何か』(川崎一朗、NHKブックス、2006、以下[1])を読み返してみました。

「スロースリップ」という言葉に類似した用語として、スロー地震、サイレント地震、ゆっくり地震などがあります。これについて[1]には、「最近は、国際的な研究者コミュニティでは、スロー地震もサイレント地震も含めて slow slip event と総称するようになった」と書かれています。

スロースリップを理解するには、プレート境界の岩盤間にはたらく摩擦の物理法則を理解する必要があります。キーワードは、「速度弱化」と「速度強化」、「不安定滑り」と「安定滑り」です。速度弱化とは岩盤どうしのこすれ合う速度が速くなるほど摩擦が減少すること、速度強化は速度が速くなるほど摩擦が増大することです。

速度弱化不安定滑りについて[1]は次のように説明しています:
速度弱化の断層面では、ひとたび滑りがはじまると、滑り速度が大きくなるほど摩擦が小さくなるので滑りはどんどん加速し、断層滑り面は爆発的に拡大する。これが地震である。 (略) 速度弱化の断層面では地震になったり固着したり、ギクシャクを繰り返す。そのような現象を「不安定滑り」という。プレート境界面の不安定滑り領域は地震と地震の間は固着しているので、その点を強調して「固着域」と表現することも多い。

速度強化安定滑りについては[1]に以下のような説明があります:
断層滑り速度が大きくなるほど摩擦も大きくなるので、滑りは減速させられる。滑り速度が小さくなると逆に摩擦は小さくなるので滑りは加速しようとする。その結果、接触面は減速と加速がバランスした速度でゆっくり定常的に滑ることになる。これが「安定滑り」である。

プレート境界では、深さによって安定滑りの領域と不安定滑りの領域(=固着域 =地震発生帯)が分かれています。安定滑り域と不安定滑り域の中間で、摩擦の性質が移り変わる領域を「遷移帯」といいます。

スロースリップから大地震に至る過程について、[1]には次のような仮説が提示されています:
  1. 大地震から次の大地震へ至る地震サイクルの後半で、スロー地震は遷移帯で繰り返すようになる。
  2. 上盤の歪みが限界に近づくと、スロー地震は遷移帯に沿って横方向に拡大し、だんだん大型になる。
  3. そのうち、スロー地震の一発が遷移帯に沿って横方向に拡大して中速のスロー地震になったのち、最終段階で地震発生帯に弾け出て、加速度的に拡大して大地震になる。

スロースリップが起きている豊後水道とその周辺は、現在は上記のどの段階にあるのでしょうか。

国土地理院の発表文の末尾に「推定されたプレート間滑りの大きい領域が、過去の例と比較してやや東側に寄っていることも特徴です」 と書かれている点について、私は昨日の記事で「いささか気がかりです」と書きました。その理由は、スロースリップの領域が、高知県沖にある 1946年南海地震のアスペリティ(≈ 固着域)に近づいているように見えるからです。