2008年12月26日金曜日

ヴァチカンは三千光年の先だ

毎年、クリスマス・シーズンになると思い出す小説があります。映画『2001年宇宙の旅』の原作者として有名な、故アーサー・C・クラークの『星』という短編小説で、1955年に発表されたものです。現在入手可能な文庫本などに収録されているのか否かは、わかりません。私が持っているのは、早川書房の世界SF全集第32巻『世界のSF(短篇集)現代篇』(1975年再版)というハードカバーに収められているものです。

『星』という日本語のタイトルは、一般名詞的で漠然としていますが、英語の原題は“The Star”。定冠詞の“the”がついていることで、「あの星」とか「例の星」といったニュアンスになります。キリスト教文化圏の人たちには、うすうすどんな星なのか推測できるのではないかと思います。

これからこの短篇を読む方もおられると思うので詳しい内容は書きませんが、「ヴァチカンは三千光年の先だ」という文章でこの短編小説は始まります。あるガス状星雲(散光星雲)を調べるために調査隊が派遣されます。そのガス状星雲は、銀河系内では数百年に1回程度の頻度でおこる超新星爆発の残滓なのですが、調査隊はそこでまったく予想していなかったものを発見します。この発見が、調査隊の主任天体物理学者にしてイエズス会の神父である主人公の、神への信仰を激しく揺さぶります。神の所業への疑問に悩み動揺する主人公が、地球への帰還途上で述懐する内容が、そのままこの『星』という短篇の内容になっています。

恒星間飛行が実現している時代に、キリスト教のような啓示宗教が残存し、ましてやイエズス会が存続しているとはとうてい思えません。しかし、印象深い小説です。

写真はNGC6751 Image credit: NASA and STScI