2009年10月27日火曜日

駿河湾の地震についてあれこれ (その 6)


気圧変動


この地震では、地震動に伴う気圧変動が観測されています:
東京大学地震研究所の西田究助教が計測したもので、「地動に対応する気圧変動が約 3km/秒の速度で伝搬する様子」がグラフに現れています。

注意していただきたいのは、今回観測されたのは「震動→気圧変動」であって、「気圧変動→地震」ではないという点です。すでにこの点を勘違いや拡大解釈している掲示板やブログがあるようで、困ったものです。以下は上記の計測結果を伝える毎日新聞の記事ですが、これを読んでも上記のような拡大解釈が成り立たないことは明らかです:
記事から上記のポイントに関わる部分を引用します:
▼ 震源から秒速 3 キロで地震の表面波が広がる際、地面の揺れが気圧を変化させる様子を、東京大地震研究所の西田究助教(地震学)が精密に計測することに成功した。

▼ 西田助教は、地震とは異なる地球の微小な震動を研究対象としている。

▼ 気圧の微妙な変化が地球を震動させる原因の一つとみて、 (略)  観測を続けている。
記事でわかるのは、西田助教は「地震とは異なる地球の微小な震動」(常時地球自由振動といいます)を研究対象としていて、その地震とは異なる微小な震動の原因が「気圧の微妙な変化」(つまり、気圧→震動)とみて観測を続けていたところ、その観測の副産物として今回の地震動が気圧の微弱な変動を起こしていること(つまり、震動→気圧)を捉えた、ということです。

この「地震とは異なる地球の微小な震動」には、周波数や波形が異なるいくつもの種類があり、色々な研究結果が発表されています。以下は最近発表された論文の解説記事です:

過去の被害地震

今回の震央と近い位置で 1800年以降に起きた被害地震を、理科年表から拾い出してみました。たまたまだとは思いますが、今回の地震も含めて、春から夏にかけての時期に発生が偏っています:

▼ 1841年 4月 22日 (35.0N、138.5E、M6.3) (『天保久能山地震』) 駿府城の石垣崩れ、久能山東照宮の堂・門など破損。江尻、清水辺で家や蔵の壁が落ち、地裂け、水吹き出す。美保の松原の砂地が 2千坪ほど沈下。

▼ 1857年 7月 14日 (34.8N、138.2E、M6.3) 田中城内で被害。藤枝・静岡で強くゆれ、相良で人家が倒れた。

▼ 1917年 5月 18日 (35.0N、138.1E、M6.3) 死者 2。煉瓦塀・煉瓦煙突の被害が多かった。

▼ 1935年 7月 11日 (35.0N、138.4E、M6.4) 『静岡地震』 静岡・清水に被害が多く、死者 9、住家全潰 363、非住家全潰 451。清水港で岸壁・倉庫が大破、道路・鉄道に被害。

▼ 1965年 4月 20日 (34.9N、138.3E、M6.1) 『1965年静岡地震』 死者 2、負傷者 4、住家一部破損 9。清水平野北部で被害が大きかった。 (なお、この地震から 3か月半ほどたった 8月 3日から、長野県北部で『松代群発地震』が始まっています。)


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(続く)