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2026年10月11日日曜日

盗まれた? ノーベル平和賞




これが、偉大なるアメリカ合衆国を差し置いてノーベル平和賞を受賞した女だ。そのアメリカの代表である私こそが、8つの戦争を解決し、その他、多くのことを成し遂げたにもかかわらずだ。私はこの女について何も知らないし、他の誰も(この女のことを)知らないだろう! 実際、私の知る限り、この女が明らかにイスラエルを憎んでいるという事実以外、誰もこの女の名前など聞いたこともなかったはずだ。この女が何を成し遂げたのか、私は知らない。私は8つの戦争を解決した。私が支援した国々の大統領や首相からノルウェーのノーベル委員会へ(推薦の)書簡が送られたほどだ。さらに、イラン、そしてロシア・ウクライナという、あと2つの戦争も解決(あるいは勝利)しようとしているところだ。どちらも目まぐるしいスピードで進行中だが、それらをさておいても、私がすでに解決した8つの戦争のうち、どれか一つ(特にパキスタンとインドの件など)だけでも、ノーベル平和賞を受賞するには十分すぎるほどの功績だ。実際には、私は1つではなく、8つのノーベル平和賞を受賞すべきだったのだ。その8つの戦争とは以下の通りである:
 
カンボジアとタイ 
コソボとセルビア 
コンゴ民主共和国とルワンダ 
パキスタンとインド 
イスラエルとイラン 
エジプトとエチオピア 
アルメニアとアゼルバイジャン 
イスラエルとハマス 

さらに私は、イランが核兵器を保有し、中東全域、ひいてはその遥か彼方までを吹き飛ばしてしまう事態を阻止した! 私は歴史上誰よりも多くの命を救ったのだ。真に素晴らしい人物であるマリア・コリーナ・マチャド氏が、昨年のノーベル平和賞を私に譲った際にメディアに対して語った通り、「ドナルド・トランプは多くの戦争を解決しており、これまでに受賞した誰よりもノーベル平和賞にふさわしい人物である」のだ。何人も成し遂げたことのない平和への実績に基づき、私も(この発言に)同意する! 私はイスラエルにおける全ての人質(最後の28人を含む、生存者も遺体も)を奪還した。その際、ハマスと協力して実現させたのだ――誰もそれが可能だとは思っていなかった! 私はベネズエラから世界の邪悪な独裁者ニコラス・マドゥロを排除し、同国を豊かな民主主義国家へと変えるべく取り組んでいる。イランに関しても同様で、私は彼らがイスラエル、中東、そしてヨーロッパを破壊するのを阻止した。また、韓国と北朝鮮、そして日本と北朝鮮の間で戦争が勃発するのを、絶えず防いでいる。さらに中国と台湾、その他数多くの紛争の火種についても、ドナルド・J・トランプ大統領とアメリカ合衆国の存在があったからこそ、戦争に至らずに済んでいるのだ。私はNATO諸国に対し、防衛費をGDPの2%から5%へと増額させ、より強固な同盟と防衛体制を構築した。これもまた、誰もが不可能だと言っていたことだ。私は交渉を通じて、東欧諸国に拘束されていた900人以上の政治犯の釈放と帰国を実現させた。加えて、世界各地で拘束されていた196人の人質を無事に帰国させた。しかも、何十億ドルもの身代金を支払ったバイデンやオバマとは違い、私は身代金を一切支払わずにそれを成し遂げたのだ。それだけではない。私は、まもなく大きな繁栄を迎えることになる北極圏の未来を切り開いた。それにもかかわらず、今日ノーベル賞を授与されたのは、国連に勤務するリベラル派の人物で、誰もその名を聞いたことさえないような者だった。私が解決に導いた数々の紛争において、国連と協議することなど一度もなかった。国連は何の役にも立たなかったからだ。本来であれば、大統領である私を代表とするアメリカ合衆国こそがノーベル平和賞を受賞すべきだったが、そうはならなかった。これはノルウェーにとって決して消えることのない汚点であり、永遠に忘れ去られることはないであろう。反民主主義的かつ文明の敵でもある一握りの急進的なイデオロギー信奉者たちによって、ノーベル「平和」賞はその権威を永遠に失墜させられたのだ! 大統領 ドナルド・J・トランプ

2025年10月13日月曜日

泥火山の噴火 — アゼルバイジャン

 
泥火山の活動は泥や水、ガスの「流出」あるいは「噴出」が主で、英文では "eruption" と書かれていても「噴火」という言葉を使うのがためらわれることが多いのですが、以下の動画は躊躇なく「噴火」と言えます。カスピ海沿岸のアゼルバイジャン(地図)には多くの泥火山が存在しています。
 
「オスマン・ボズダグ泥火山は、本日(2025年10月11日)現地時間午前8時27分ごろに噴火しました。約40分間にわたり、4~12分間の噴火が3回記録されました」:

⚒️🧪 Fiery eruption of Otman-Bozdagh mud volcano in Azerbaijan! The Otman-Bozdagh mud volcano erupted at ~8:27am local time today (11/10/25). Three eruption phases of between 4-12 minutes were recorded over an ~40 minute period. Video source: @_yagha_

[image or embed]

— Mark Tingay (@marktingay.bsky.social) 2025年10月11日 21:10


2021年7月11日日曜日

海から炎が立ちのぼる — カスピ海 (続報)

 
7月6日付「海から炎が立ちのぼる — カスピ海」の続報です。
 
現地時間 7月4日に「噴火」した泥火山 Dashli ada は、島の面積が 0.08km2 から 0.21km2 に拡大しました。以下は欧州宇宙機関の衛星が撮影したレーダー画像による比較です:
 
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2021年7月6日火曜日

海から炎が立ちのぼる — カスピ海

 
泥火山の「噴火」:
 
現地時間 7月4日21時54分(日本時間 5日02時54分)、カスピ海の泥火山 Makarov Bank が噴火し、巨大な炎を吹き上げました。この泥火山は、アゼルバイジャンの首都バクー(地図)から南に 75km の海域にあります(地図)。 最後に噴火したのは 1958年(報道によっては 1945年)で、高さ 500〜600m、幅 150m の火柱が立ちのぼりました。
 
噴火があったのは Umid ガス田から約 10km の地点。国営石油企業 SOCAR の採掘施設に影響はなく、通常どおりの操業を続けているとのことです:
 
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2021年6月4日金曜日

泥火山噴出、住民避難 — コロンビア

 
南米コロンビアのウラバ・アンティオケーニョ(地図)にあるパルマレス・デ・セニザという集落で 5月末、泥火山から煮えたぎる泥や灰が噴出し、集落全体の 23家族約 100人が避難しました:
 
 
 
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2020年1月29日水曜日

カリブ海で M7.7 (続報)


1月29日午前4時10分(日本時間)ごろにカリブ海で発生した M7.7 の揺れは日本列島にも伝わって来たようです。防災科学技術研究所の「100トレース連続波形画像」で見ると、4時30分ごろに日本列島の全域が微かに揺れたことがわかります:

100波形の中央部が縦に帯状に薄黒く見えているのが、カリブ海から伝搬してきた揺れだと思われます。北の方(上の方の波形)が少し早く揺れ始めているのは、地震波が大圏コース(大円コース)を通って北東の方向から日本列島に到達したためでしょう(震源から北海道東部までは約1万1700km、鹿児島までは約1万3600km)。

5時台になってもほとんどの観測点に周期の長い揺れが記録されているのは、後続波や表面波でしょうか:

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カリブ海で M7.7


日本時間1月29日午前4時10分ごろ、カリブ海で M7.7、震源の深さ10kmの地震が発生しました(日本の気象庁の発表では M7.3)。震央はキューバの南、ジャマイカの北西の海域で、Gonâve マイクロプレート(地図)と北アメリカ・プレートの境界をなすオリエンテ断層帯で起きた左横ずれ運動の結果とみられています。

USGS(米国地質調査所)の資料によると、震源付近では北アメリカ・プレートがカリブ海のプレートに対して年間約 19mm の速度で西南西に移動、今回の地震のスリップ面は主として震源の西側に広がっており、その大きさは約 200×20km、とのことです。


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2019年9月7日土曜日

海底泥火山


アゾフ海(地図)の南岸近くで2011年に発生した海底泥火山の「噴火」です。海水浴を楽しんでいた人たちがあわてて避難しています:


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2018年3月16日金曜日

海底火山 Kick 'em Jenny が活発化


カリブ海東部の海底火山 Kick 'em Jenny(地図)で地震が増加し、グレナダ政府は同火山から半径5kmの範囲を立ち入り禁止区域に指定しました:

以下は、上掲BBCの記事のまとめです:
  • Kick 'em Jenny は、小アンティル諸島最南端の島国・グレナダの沖合8kmにある。

  • グレナダ政府は警戒レベルをオレンジに上げ、同火山から5km以内を立ち入り禁止区域とした。

  • 地震学者は、地域に差し迫った危険があるわけではない、としている。

  • トリニダードにある西インド諸島地震研究センター(SRC)のリチャード・ロバートソン教授は次のように語っている ―― 増加した地震が津波を発生させる兆候はない。噴火が起きる可能性はあるが、起きたとしてもおそらく大量の海水を押しのけるだけの噴出はないだろう。増加した火山ガスによって船舶の浮力が失われるおそれがあるので、海運関係者は立ち入り禁止区域に入らないようにすべきだ。

  • Kick 'em Jenny は、セント・ビンセントからグレナダに向かう航路上にある。

  • Kick 'em Jenny は小アンティル海嶺の急斜面にあり、1300mの高さがある。カリブ海東部ではもっとも活発な火山である。

  • 1939年に最初の噴火が記録されて以降、十数回噴火しているが、死者が報告されたことはない。

  • 1939年の噴火では、海面上270mまで火山灰が噴出した。

2月には、トリニダード・トバゴで泥火山が噴出しています:

Kick 'em Jenny は、西のグレナダ海盆と東のトバゴ前弧海盆に挟まれたところにあります。さらに東には、大西洋の海底堆積物が海洋底の沈み込みにともなって集積したバルバドス・リッジという巨大な付加体が発達しています。


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2018年3月11日日曜日

泥火山の噴出相次ぐ ― トリニダード・トバゴ、アゼルバイジャン


2月12日夜、翌13日午前0時20分、同4時52分にトリニダード島にあるデビルズ・ウッドヤード公園(「悪魔の製材所」、地図)で泥火山の噴出があり、住民が避難したとのことです。直径45m以上にわたって泥や粘土が噴出しました:

3月1日、アゼルバイジャンの首都バクー(地図)近郊にある世界最大規模のトラガイ(Turaghai)泥火山から大量の粘土が吹き出しました:

トリニダード・トバゴとアゼルバイジャンは、どちらも石油と天然ガスが豊かな地域にあります。

トリニダード・トバゴの北には小アンティル諸島が伸びています。オリンピックの入場行進で、聞いたことがないような国名を目にすることがありますが、その多くはこの小アンティル諸島にあります。

小アンティル諸島の東側には、大西洋では2カ所しかないと言われる沈み込み帯の一つがあり、大西洋の海洋底が沈み込んでいます。そして、この沈み込みに伴ってバルバドス・リッジと呼ばれる巨大な付加体が形成されています。この付加体は研究が進んでおり、「付加作用の教科書的位置を占めている」(木村学『プレート収束帯のテクトニクス学』、東京大学出版会)とのことです。

バルバドス・リッジの最も高いところは海面上に姿を現してバルバドス島(地図)となっています。日本列島は付加体の集合体とも考えられていますが、そうだとすると、その誕生初期にはこのバルバドス島のようなものだったのかも知れません。


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2014年6月8日日曜日

カスピ海で地震


現地時間6月7日11時05分(日本時間同日15時05分)、カスピ海の中央部(震央地図)で M5.6、震源の深さ50kmの地震が発生しました(EMSCの発表; アゼルバイジャンの発表では M5.4、深さ84km)。アゼルバイジャンの首都バクーでも揺れを感じたとのことですが、被害は出ていないもようです:

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2011年12月7日水曜日

泥火山が14年ぶりに活発化 ― トリニダード・トバゴ


トリニダード・トバゴ共和国というと、オリンピックの開会式のときぐらいしかその名を耳にすることがありませんが、12月1日未明(現地時間)、同国中部のパイパロ村(地図)にある泥火山が、14年ぶりに轟音をあげて「噴火」し、周辺の住居などに軽微な被害がでています:

「14年ぶり」とはいうものの、泥水や天然ガスの小規模な流出は細々と続いていたようです。

現時点では、すでに「噴火」は沈静化していると伝えられています:

パイパロの泥火山は14年前の1997年2月から3月にかけて「大噴火」をおこしています。泥火山というと、泥水やガスが比較的穏やかに噴き出すというイメージがありますが、1997年の活動は非常に激しかったようです。

以下のページにある写真は、1997年当時の様子を写したものです。写真1には私自身たいへん驚きました。手前に写っている家や人の大きさと、背後の噴出物を比べてください。「噴火」の激しさがわかります。写真2は破壊された住居です:

ひとつ前の記事『泥火山が「噴火」 ― 台湾南部』では、12月2日に台湾南部で泥火山の「噴火」があったことを紹介しました。トリニダード・トバゴの「噴火」が始まったのは12月1日のことですが、時差を考慮すると、地球のこちら側と向こう側でほぼ時を同じくして泥火山の活動が始まったことになります。


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泥火山が「噴火」 ― 台湾南部


12月2日早朝、台湾南部・屏東県万丹郷(地図)にある泥火山が「噴火」し、天然ガスや熱い泥を噴出しました:

墓地やトウモロコシ畑が、流れ込んだ泥流で覆われる被害がでました。

この地域の泥火山は1720年代に最初の噴出が記録されています。1979年から1988年までの9年間は活動がなく、その後は年に1~2回程度の噴出がおきており、今回の噴出は昨年12月21日以来、約1年ぶりとのことです。


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2011年10月28日金曜日

トルコ地震でアルメニアの原発から放射能漏れ? (続報)


10月26日付「トルコ地震でアルメニアの原発から放射能漏れ?」の続報です。

アルメニアとトルコの間で非難の応酬がおきています。アルメニアとトルコは過去の歴史に対する認識を巡って対立があること、アルメニアの原発が旧ソ連型で「世界一危険」とされていること、かつてアルメニアで起きた大地震の際に原発スタッフが逃げ出したため原子炉過熱の危険があったことなど、さまざまな背景があるようです:
非難の応酬がある中、アルメニアの原発は28日に運転を再開しようとしています。トルコの地震による被害はまったくなかったとアルメニア側のメディアは報道していますが、運転は停止したようです:
トルコ側は、アルメニアの原発に対する対抗策として放射線測定を強化するほか、アルメニアを含む各国の老朽化した原発に対する法的手段を講じる意向です:
法的手段とは、具体的には IAEA(国際原子力機関)に数十件の苦情申し立てをおこなうことのようです。苦情の対象は、アルメニアを含む世界各国の老朽化した原発(稼働開始から40年を超えているもの)だそうです。発表したトルコのエネルギー相は、具体的な国名をあげることは避けたとのことですが、日本では日本原子力発電の敦賀発電所 1号機や関西電力の御浜発電所 1号機が 40年を超えています。


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2011年10月26日水曜日

トルコ地震でアルメニアの原発から放射能漏れ?


イランの放送局〝ラジオ・イラン〟のウェブサイトが掲載している記事です:
10月23日にトルコ東部で発生した M7.2 の地震で、隣国アルメニアのメツァモール原子力発電所(地図)に被害が発生、「メツァモール原発からの放射能漏れの量は、それほど多くはないが、緊急速報によれば、この原発の周辺地域で検出された放射能の量は、基準値を超えている」と伝えています。

アルメニアの原発に被害があったと伝えているのは、管見の限りでは上記のイラン発の記事だけです。アルメニア発の報道はすべて、原発に被害はなかったとしています:
震源からメツァモール原発までの距離は約 160km (おおよそ東京都心から静岡県焼津市までの距離に相当)です。


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2010年4月29日木曜日

泥火山の活動で地震予知

カスピ海西岸のアゼルバイジャン共和国では、泥火山の活動をモニターすることによって地震を予知しようとする試みがおこなわれています:

これは、同国の地質学研究所がおこなっている研究で、泥火山の活動が強まることが地震の前兆であるとのことです。研究所の地質学者は次のように語っています:
「私たちの研究所がおこなった調査によって、弱い地震(マグニチュード 2~3)の前には泥火山の活動が活発になり始めることが判明した。ガスがにじみ出し、化学物質を含んだ水の量が増加する。これらの事象は、どこかで地震の予備段階が進行していることを示している。」

「泥火山をモニターすることによって、泥火山とこれからおきる地震との精確な関係が明らかになるだろう。そうなれば、部分的ながら地震の予知が可能になるだろう。」

記事によれば、アゼルバイジャンには世界の泥火山の 40~45% が存在しているとのことです。

本格的な泥火山モニターが始まってからの期間が短いので、まだ弱い地震に対応する事例しかないようですが、強い地震の前にも泥火山の活動に何らかの変化がおきるであろうことは十分に予想されます。


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2010年2月6日土曜日

アゼルバイジャンで泥火山噴出

カスピ海に面したアゼルバイジャン共和国の首都バクーに近いところにある Lokbatan 泥火山が大量の泥を噴出したとのことです:
記事によると、噴出は 1時間ほど続き、噴出した泥流が 1.5ha の地域を覆いました。Lokbata 泥火山が最初に噴出したのは 1829年で、それ以来 21回の噴出が記録されており、いちばん最近の噴出は 2001年とのことです。

Lokbatan の位置は、以下のグーグル・マップにマークしてあります:

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2008年12月13日土曜日

アルメニアとバルカン半島で大地震のうわさ

アルメニアで大地震のうわさが広がり、地震防災当局の責任者が否定の記者会見をする騒ぎになっています。以下は、アルメニアのニュースサイトに掲載された記事です:
アルメニアは、カフカス山脈の南にあり、北はグルジア、東はアゼルバイジャン、南はイランとアゼルバイジャンの飛び地、西はトルコに囲まれた小国です。20年前の1988年12月7日に死者2万5000人を出したスピタク地震(M6.8)がおきています。

今回のうわさの発端は、アルメニア科学アカデミーの「専門家」がテレビに出演して、自分たちが運用しているラドン・ガス測定ステーション(複数)の計測結果では、ラドン・ガスの濃度が通常よりも高まっている、これは地震の前兆と考えられる、と発言したことでした。おりしも、スピタク地震から20周年ということで地震に対する関心が高まっていたことも、うわさの広がりを加速したようです。

NSSP(National Survey for Seismic Protection of Armenia アルメニア地震防災国家調査局(?))のトップが記者会見を開いて、うわさを否定しました。その内容は上記の記事によると ―― NSSPは全国に150の観測拠点をもち、40のパラメーターを常時観測、地震の危険を評価している。ラドンガスについても、20ヵ所以上で測定しているが異常はない。いかなる国も地震の発生場所と日時を予知することはできない ―― というものです。

アルメニアでは毎年この時期になると、スピタク地震の記憶がよみがえり、地震に対する警戒感が高まるようです。日本でも、毎年9月1日の「防災の日」が近づくと、関東大震災との関連で週刊誌が地震に関する特集記事をのせ、大地震のうわさが流れることがあります。これと似た心情なのかも知れません。

上の2番目の記事では、記事の筆者が自分の実体験として、スピタク地震当日は非常に濃い霧が立ちこめていたと書いています。いわゆる「地震霧」かとも思いましたが、アルメニアでは毎年この時期には濃霧が多いとのことです。

一方、バルカン半島でもマグニチュード7級の大地震がおこるとのうわさが流れているようです。下記は、ブルガリアのニュースサイトに掲載された記事です:
地図はスピタク地震の震央を示しています。
Map: courtesy of the U.S. Geological Survey