朝日新聞に「私の視点」という欄(というよりは 1面すべてを使って識者からの投稿を掲載する「オピニオン」面)があります。一般読者からの投稿を掲載する「声」欄とは違って、1件当たり約 1400字(400字詰め原稿用紙3枚半)という比較的長文の意見が載せられています。今日の朝刊の同欄には 3件の投稿が掲載されていますが、その中に「宇宙ゴミ 国際的な監視で衝突防げ」と題する柳澤正久氏(電気通信大菅平宇宙電波観測所所長)の投稿があります。
この投稿は、学生や町工場が作った小型衛星が次々に軌道にのったこと、宇宙ゴミの数が今後ますます増えること、衛星は機能停止後も時速2万5000キロもの猛スピードで地球を回り続けること、重さが3キロの衛星の衝突でも30キロ分の火薬に相当する爆発が起きること、「北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)」傘下で米国とカナダが共同運営する「宇宙監視センター(SCC)」の役割などに言及し、次のように結んでいます:
世界各国が小型衛星を次々に打ち上げる時代になれば、追跡・監視はますます重要になる。今後は、関係各国が協力し、より開かれた国際的な監視体制を築いていく必要がある。
まるで今朝報道された米・露の人工衛星衝突を予期していたかのような、実にタイムリーな内容です。偶然の一致にしてはできすぎているように思います。投稿した本人が一番驚いているのかも知れません。
アメリカとロシアの人工衛星が衝突したのは 2月11日の午前2時ごろ(日本時間、以下同じ)、私の知る限り最も早く衛星の衝突を報じたのはアメリカの CBS 放送で 翌 12日の午前 5時前後、日本の TV が伝えたのが同じく 12日の午前 8時前後です。一方、上記の投稿が掲載された朝日新聞が拙宅に配達されたのは 12日の午前4時ごろですから、人工衛星の衝突を報道で知ってから、執筆者が投稿を準備した可能性はありません。
ひょっとしたらと私が思うのは、JAXA(独立行政法人 宇宙航空研究開発機構)や上記 NORAD、SCC などの関係者から、2つの衛星が近々衝突しそうだとの情報を執筆者が事前に得ていたのではないか、という可能性です。NORAD や SCC は、長期間にわたって各衛星の軌道を追跡していますから、衝突の可能性があることはかなり前からわかっていたはずです。
しかしこの場合、一つの疑問が残ります。事前に衝突の可能性が高いことがわかっていたのなら、アメリカ側の衛星の所有者であるイリジウム社にはその情報が伝えられなかったのだろうか、という点です。何年も前に機能停止したロシア側の衛星とは違って、イリジウム社の衛星には軌道を変える能力が残っていたはずです。連絡があれば、高価な衛星を失うよりは貴重な燃料を消費してでも軌道を変更したであろうことは十分に考えられます。NORAD や SCC には、民間企業に警告を出すミッションはないということなのでしょうか。
ところで、上記の投稿に「使い終わった衛星は片づけるのが一番良いのだが、その実用的な方法は見つかっていない」と書かれています。ここで私が想起するのは、今からちょうど 10年前の 1999年2月7日に打ち上げられた NASA のスターダスト探査機です。同探査機は、ビルト第 2彗星に 240kmまで接近して彗星のチリを採取、その後地球に近づいた際に採取したチリを入れたカプセルを地球に投下、カプセルは地表で無事に回収されました。このとき、高速で飛来する彗星のチリを採集するのに使った技術が、宇宙のゴミを回収するのに使えないだろうか、と思うのです。
同探査機に搭載されていた彗星のチリを採集する装置は、金属製でテニス・ラケットのような形をしていました。テニス・ラケットのネットに相当する部分が格子状に加工されていて、各格子の中にエアロジェルと呼ばれる寒天状の物質がつめられていました。彗星に接近した際にこのラケットを探査機の外にだして、彗星から飛来するチリをエアロジェルで受け止めたわけです。以下のページに 3葉の写真が掲載されています。一番下の写真がラケットの格子を写したものです。一番上の写真は、エアロジェルに捕獲された彗星のチリです。高速で飛来したチリをエアロジェルが減速させた様子がよくわかります。エアロジェルは耐熱性で、チリが減速するときに発する高熱に耐えることができました。(写真はクリックすると拡大します):
この装置を大型化して軌道を周回させれば、地上のレーダーでは追跡できない 10cm 以下の小さなデブリ(宇宙ゴミ)を回収することができるのではないか、と素人考えしたわけです。エアロジェルを保持する格子は金属製ではなく、もう少し柔軟性のある素材にする必要があるかも知れません。イメージとしては、巨大な漁網にエアロジェルを塗ったような感じです。もちろん、装置自体の回収方法、他の衛星へ危険を及ぼさないような方策等々、克服しなければならない技術的な課題が山積するであろうことはわかりますが。
Image: スターダスト探査機; Credit: NASA/JPL