2018年5月8日火曜日

ユウレイイカ捕獲 ― 静岡県伊東市


5月6日、静岡県伊東市(地図)沖の定置網に、深海に棲息するユウレイイカが入り、生きたまま捕獲されました。体長約40cm。「詳しい生態が分かっていない深海生物」:

以下は、ユウレイイカ捕獲の過去の事例です:

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磐梯山で火山性地震増加


5月8日、磐梯山(地図)で火山性地震が急増しました。速報値では 14 時現在で 51 回。震源は山頂付近の深さ1km から2km 付近と推定:

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溶岩流に飲み込まれる自動車


5月7日付「ハワイ・キラウエア山が噴火、住宅地で溶岩噴出 (続報-4)」の続報です。

なんでこんなところに車を止めていたのでしょうか。動画中のキャプションによると、溶岩流は 10~15分で 100ヤード(約90m)進んだ、とのこと:

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2018年5月7日月曜日

ボタン各種


集めてみました:

ハワイ・キラウエア山が噴火、住宅地で溶岩噴出 (続報-4)


5月6日付「ハワイ・キラウエア山が噴火、住宅地で溶岩噴出 (続報-3)」の続報です。

亀裂からの溶岩の噴出・飛散・流出は10カ所に増えています。レイラニ・エステーツ地区を斜めに横切って、ほぼ直線上に並んでいます。以下は噴出箇所を示す地図です:

ハワイ火山観測所(HVO)の STATUS REPORT(現地時間5月6日20時59分、日本時間7日15時59分)によると ――
  • 東部地溝帯(East Rift Zone)低部にあるレイラニ・エステーツ地区での溶岩の噴出は断続的に続いている。

  • 8号亀裂の溶岩噴泉は午後4時(ハワイ時間)まで継続し、アア溶岩の流れは溶岩噴泉が止まった後もゆっくりと北進した。溶岩の流れは、今夕、8号亀裂から約 1.1km の地点で Ho'okopu Road を横切った。

  • 8号亀裂と9号亀裂の近くで新しい地割れが見つかった。水蒸気とガスが噴出しているが、このレポートの時点で溶岩の飛散は観測されていない。

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2018年5月6日日曜日

ハワイ・キラウエア山が噴火、住宅地で溶岩噴出 (続報-3)


5月5日付「ハワイ・キラウエア山が噴火、住宅地で溶岩噴出 (続報-2)」の続報です。

これまでに8カ所の亀裂から溶岩の噴出・飛散・流出が起きています。いずれの亀裂もレイラニ・エステーツ東部にあり、ほぼ直線上に並んでいます。以下は噴出箇所を示す地図です:

ハワイ火山観測所(HVO)の STATUS REPORT(現地時間5月5日午後11時42分、日本時間6日18時42分)によると ――
  • 東部地溝帯(East Rift Zone)低部にあるレイラニ・エステーツで、溶岩の噴出が断続的に続いている。

  • 7号亀裂からの噴出は本日午後に停止。

  • 今夕、2号亀裂と7号亀裂のそばにできた新しい亀裂から溶岩の噴出が始まり、溶岩噴泉の高さが 70m に達した(この新しい亀裂は、上の地図にはまだ記載されていないようです)。

  • 本日早朝、ハイウェイ130号線に新しい亀裂が見つかったが、地温の上昇や水蒸気の噴出は観測されていない。

  • 地震活動と地殻変動は、地溝帯内でマグマの蓄積が続いていることを示している。

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イエローストーンの間欠泉が「異常」噴出 (続報)


5月3日付「イエローストーンの間欠泉が『異常』噴出」の続報です。

5月4日、スティームボート間欠泉(Steamboat Geyser、地図)で熱水の噴出が発生しました。7週間で4回の噴出となりました。噴出量は 250~300立方m で、過去3回と同程度。USGS は、イエローストーンの火山活動が活発化していることを示すものではない、イエローストーンとキラウエアの火山活動に関連はない、と述べています:



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2018年5月5日土曜日

ハワイ島で M6.9


5月4日付「ハワイ島で M5.0」と5日付「ハワイ・キラウエア山が噴火、住宅地で溶岩噴出 (続報-2)」の続報です。

現地時間5月4日昼12時33分(日本時間5日午前7時33分)ごろ、ハワイ島で M6.9 の地震が発生しました(深さ5.0km、震央地図)。キラウエア山の火山活動の活発化にともなって発生している一連の地震の中では最大規模です。震央は、キラウエア火山からのマグマが貫入しているとされる東部地溝帯(East Rift Zone)です。現地からは停電や数十cmの海面変動の発生が伝えられています:

M6.9 の地震の1時間前にはほとんど同じ場所で M5.4 の地震も発生しています(深さ6.9km、震央地図)。

米国地質調査所(USGS)は資料の中で M6.9 の地震について次のように解説しています:
5月4日にハワイで発生した M6.9 の地震は、キラウエア火山の南斜面、東部地溝帯内部の逆断層で発生した。暫定的な発震機構解は、南西の走向を持つ浅い傾斜角の衝上断層か、南東(?)の走向を持つ急傾斜の逆断層で破壊が生じたことを示している。この地震は、キラウエア山の火山活動と、地溝系や火山体の発達と直接関係している。

また、地震の発生状況については以下のように述べています:
過去1ヶ月間、キラウエア火山の火山活動は高まっていて、過去24時間には M4.5 以上の地震が少なくとも7回発生している。5月3日には、今回の M6.9 が発生した場所の近くで M5.0 が発生している。M6.9 の地震の約1時間前には、同じ場所で類似した発震機構解を持つ M5.4 の地震が発生している。M6.9 の地震から30分以内に、M4.5 以上の余震が4回記録されている。

今回の M6.9 の地震は、1975年のカラパナ地震(Ms7.1、Mw7.4)以降では最大規模である。カラパナ地震では津波も発生し2人が犠牲になった。1975年の地震と津波は、ハワイに410万ドルの損害をもたらしたと推定されている。1975年の地震は、現在の地震活動が起きている浅い地溝帯ではなく、深い場所のデタッチメント断層で発生した。ビッグ・アイランド(ハワイ島)とその周辺では、過去1世紀間に M6 以上の地震が9回起きている。

デタッチメント断層については以下を参照してください:

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「ローマ大地震」とラファエレ・ベンダンディ


毎年5月11日が近づくと、彼のことを取り上げる記事を見かけるようになります。ローマ市民の中には今でも5月11日に市内にいることを避ける人もいるそうです:

日本ではほとんど知られていないベンダンディ氏について、英語版の Wikipedia の「Raffaele Bendandi」の項から抜粋・テキトー訳します:
ラファエレ・ベンダンディ(Raffaele Bendandi、イタリアのファエンツァ生まれ、1893年10月17日~1979年11月3日、画像) は、イタリアの時計職人で、数々の地震を予知したことで知られる。ベンダンディは独学で(科学を)学び、自身の(地震予知)理論について検証可能な科学的説明を公にしたことはない。

ベンダンディはファエンツァ(地図)の中流家庭に生まれた。彼は学校に5年間しか通わなかったが、1905年8月30日の日食がきっかけで太陽系内の惑星の動きに興味を持つようになった。

時計職人と彫版師(印刷や版画用の銅板に絵や文字を彫る技術者)の仕事をするかたわら、彼は製図の講座に参加し、精密な機械や図面を作成して彼の理論を研究したり人に示したりできるようになった。

1908年のメッシーナ地震の後、彼は潮汐の研究を始めるとともに、独自の地震計を考案した。

1914年10月、彼は非公表の覚書で1915年1月13日に地震が発生するであろうと予測した。予測どおりの日にアベッツァーノ地震が発生し3万人の犠牲者が出た。その後、彼は過去の地震と惑星の配列の研究に没頭し、地震計を備えた自分の観測所を設立した。

第一次世界大戦に従軍した後、1920年に彼はイタリア地震学会に加入した。長い時間をかけて彼は地震の本質についての「seismogenics」という独自の理論を構築した。

通常の科学的な証拠に支持されているわけではないが、地震は太陽系内の惑星の配置によって引き起こされる ― 月や太陽、その他の惑星が地球の地殻に重力的影響を及ぼす、と彼は考えた。

公証人のもとに登録した文書で、1924年1月2日に地震が発生するとの予測をしたことで、彼は有名になった。彼の予測は2日ずれただけで的中した。1924年1月4日にマルケ州で地震が発生したのだ。この予測的中にもとづいて、イタリアの新聞  Corriere della Sera は一面トップでベンダンディのことを伝えた。

1920年代、彼はイタリアや海外の新聞に多くの地震予測を公表した。

ベニート・ムッソリーニはベンダンディに感銘を受け、爵位 Knight of the Order of the Crown of Italy を授けたが、1928年には彼が地震の予測を公表することを禁じた。観光産業が損害を受けることを防ぐためであった。

1931年、彼は「Un Principio Fondamentale dell'universo」(宇宙の基本的原理)を出版したが、地震を予測する彼の手法を説明することはなかった。

1950年、彼は地震予測の公表を再開し、1960年代末に一時中断したものの、1977年まで続けた。

彼の予測と実際の地震を比較した研究は、「ベンダンディの地震発生時期の予測精度は注目に値する」と結論づけている。

後年、彼の予測は、日付と場所について次第に曖昧になったが、1000人の犠牲者が出た1976年5月6日のフリウリ地震は予測できていたといわれている。

彼は、太陽と水星の間に新しい惑星を発見したと主張し、自分の生まれ故郷にちなんでファエンツァと名付けた。

彼が死んだ後、何者かが彼の資料を焼却してしまった。残存している資料は1996年から2012年までの太陽活動に言及している。

ファエンツァにある彼の生家は「Casa Museo Raffaele Bendandi」という博物館になっている。


2011年に起きたこと

2011年1月、Protezione Civile(市民保護や防災を担当する国の機関)が発行したと称する偽の小冊子が Ciampino の自治体で出回った。その小冊子には、ベンダンディが 2011年5月11日に地震が発生すると予測しているので、住民はその日が来る前に避難するように、と書かれていた。特にソーシャルメディアを通じてうわさが広がり続け、地震に襲われるのは首都ローマだと特定されるようになった。

2011年5月、ローマ市民は5月11日の地震にそなえてローマから逃げ出した、と伝えられている。

ベンダンディの文書を保管している管理人は、その日付に該当する予測は存在しないと否定し、イタリア国立地質学・火山学研究所(INGV)はその日にローマにある施設を公開する催しを実施した。

当日、ローマで地震は発生しなかった。それにもかかわらず、いくつかのメディアは、同日に1300km離れたスペインのロルカで地震が発生したことを報じて注目を集めた。INGVは「スペインとイタリアの間には地質学的な関連はまったくなく、ローマで地震が発生するとの予測とも無関係である」との声明を発表した。

「死せるベンダンディ、生けるローマ市民を走らす」といったところでしょうか。ちょうど2ヶ月前の2011年3月11日に日本で東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)が発生したことも、ローマ市民の行動に影響していたことは間違いないでしょう。


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ハワイ・キラウエア山が噴火、住宅地で溶岩噴出 (続報-2)


5月4日付「ハワイ・キラウエア山が噴火、住宅地で溶岩噴出 (続報)」の続報です。

ハワイ火山観測所(HVO)が現地時間5月4日午前7時45分(日本時間5日午前2時45分)に出した STATUS REPORT です。以下はまとめです:
  • 東部地溝帯(East Rift Zone)の火山活動は継続している。

  • 5月3日午後遅く以降、Leilani Estates 東部の少なくとも3カ所で亀裂が開いた。

  • 現時点では、活動のほとんどは溶岩の激しい飛散である。溶岩流は短く、噴出場所から数十メートルの範囲を超えていない。

  • 同地区ではさらに亀裂が開き溶岩の噴出が起きる可能性がある。

  • 地震活動は活発な状態を保っており、地殻変動も続いている。

  • キラウエア山の山頂では、山体の収縮を示す傾斜変動が続き、溶岩湖の水準は低下を続けている。

以下は米国地質調査所(USGS)の写真集です。5月4日付の1枚目の写真は、同日午前1時ごろに始まった新しい亀裂からの噴火。クリックして拡大してみると、溶岩が火花のように飛び散っている様子がわかります。2枚目の写真は、溶岩の噴出が始まる前、道路に亀裂が入り水蒸気が噴出している様子。3枚目の写真は、道路を横切って溶岩が山のように盛り上がっている様子です:

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