2009年10月30日金曜日

口永良部島の警報解除

鹿児島県の口永良部島について、気象庁が 30日付で「噴火警戒レベルを 2(火口周辺規制)から 1(平常)に引下げ」と発表しています:
火山性地震は 9月 30日以降は少ない状態で経過、火山性微動は 10月 7日以降観測されていない、新岳火口浅部の膨張を示す変化は認められていない、とのことです。

火山性微動」と狭義の「火山性地震」を混同しているブログなどもあるようです。注意しましょう。

口永良部島の位置や概要については以下の資料を参照してください:

鳩山首相の所信表明演説と「地震」

26日に行われた鳩山首相の所信表明演説を、首相官邸のサイトで読むことができます。
私の感想は、「長すぎる」、「理念が上滑りしている」というところです。「具体的内容がない」という批判もあるようですが、所信表明が目的なので、事細かに具体的な施策を語る必要はないと私は思います。

ところで、この長~い演説の中で、例の気色の悪い「友愛」という言葉は 4回しか出てきていません。少し意外でした。

「地震」という言葉は、3回使われています。以下に、その部分を引用します。

海外との関係に触れた部分で:
 アジア太平洋地域は、その長い歴史の中で、地震や水害など多くの自然災害に悩まされ続けてまいりました。最近でもスマトラ沖の地震災害において、日本の国際緊急援助隊が諸外国の先陣を切って被災地に到着し、救助や医療に貢献しました。世界最先端レベルと言われる日本の防災技術や救援・復興についての知識・経験、さらには非常に活発な防災・災害対策ボランティアのネットワークを、この地域全体に役立てることが今後、より必要とされてくると思っております。
「むすび」の部分で:
 地震列島、災害列島といわれる日本列島に私たちは暮らしています。大きな自然災害が日本を見舞うときのために万全の備えをするのが政治の第一の役割であります。
 また、同時に、その際、世界中の人々が、特にアジア近隣諸国の人々が、日本をなんとか救おう、日本に暮らす人々を助けよう、日本の文化を守ろうと、友愛の精神を持って日本に駆けつけてくれるような、そんな魅力にあふれる、諸国民から愛され、信頼される日本をつくりたい。これは私の偽らざる思いであります。
海外で災害が起きたときには積極的に助けに行こう、日本に災害が起きたときには海外の人たちがすすんで助けに来てくれる国になろうということで、まさに「友愛」の精神です。

閣内には日本社会党の流れをくむ社民党の大臣も入っています。国内の大災害に際して、くれぐれも阪神大震災当時の社会党・村山内閣のような批判を招かないようにしてほしいものです。

2009年10月29日木曜日

安政東海・南海地震の伝承

徳島新聞』では、2007年から「阿波の民話」を連載しています。その 1016回目の記事に、安政元年 11月 4日から 5日(1854年 12月23日から 24日)にかけて、32時間の間隔で連続して発生した「安政東海地震」(M8.4)と「安政南海地震」(M8.4)当時の記憶が語られています:
記事から、安政元年は大火や大地震が多かったこと、「安政東海地震」と「安政南海地震」の前後や間も、大小の揺れがひっきりなしに続いていたことがわかります。

揺れの大きさは、「庭の木の先も土地を掃き、鶏は庭を転げ」と描写されています。また、「中林山下の蕨石の洞穴は何十里も聞こえたほどの鳴りようじゃった」と書かれています。地震のときに洞窟が鳴るとは、どのようなメカニズムなのでしょうか。洞窟内の地下水が揺れることによって、洞窟内の空気が激しく出入りすることが原因なのかも知れません。あるいは、地鳴りの振動に洞窟内の空気が共鳴したのかも知れません。

駿河湾の地震についてあれこれ (その 8)


被害のまとめ


この地震についての基本資料


相前後して発生した地震の資料

過去の関連記事

(完)

駿河湾の地震についてあれこれ (その 7)


ほぼ同時に起きた大地震


駿河湾の地震に先立つこと約 11分、インド洋東部のアンダマン諸島の沖合で M7.5 の大地震が発生しています:
アンダマン諸島の地震波は、発生から 8分 40秒後に駿河湾の震源域を通過し、その 2分 40秒後に駿河湾の地震が発生しています。以下の記事では、このアンダマン諸島の大地震による揺れが駿河湾の地震を引きおこしたのではないか、との疑問が検討されています。USGS の地球物理学者は、2つの地震の関連性を否定しています。
複数の地震が短時間のうちに発生すると、地震波が重なって解析が困難になるようです。駿河湾の地震は、アンダマン諸島の大地震でまだ地面が揺れている最中に発生したため、地震波の解析に制約があったようです。『NGY地震学ノート』には、「この地震の12分前にアンダマン諸島でM7.6の地震が起きていたため,その表面波に隠れて遠地実体波解析はできませんでした」と書かれています。


過去の関連記事

(続く)

2009年10月28日水曜日

秋田駒ヶ岳に噴火予報・警報

27日(火)に気象庁が、秋田駒ヶ岳に対して「噴火予報・警報 第 1 号」を出しています:
「ただちに噴火する兆候は見られませんが、女岳(めだけ)北東斜面でわずかな地熱の高まりが認められることから、今後の推移に注意する必要があります」とのことです。

下記日本テレビの報道によると、噴火警戒レベルがつくのは秋田県内の山では初めてだそうです:

土星環の消失 (その 5)

カッシーニ探査機のミッションは、当初 4年間と設定され、2008年 6月に終わることになっていました。しかし、探査機の状態が良いこと、科学的に大きな成果を上げていること、2009年の土星と太陽や地球との 15年に 1度の特別な位置関係は千載一遇の好機であることなどを考慮して、2010年 9月までの延長が認められ、予算が付けられました。

現在 は、さらにミッションの期間を延長することが検討されています。もし、延長が認められれば、カッシーニ探査機は 2017年まで土星周回軌道にとどまって観測を続けます。その後、これまではリスクが高いとして避けてきた環の内部に入り込む軌道をとって観測をおこな い、最終的には 2017年 9月 15日に土星の大気圏に自ら突入して、使命を終了することになります。

太陽から遠い土星近傍では、太陽の光が弱く太陽電池では出力が不足するため、カッシーニ探査機には原子力電池が搭載されています。この電池には放射性物質が使われているので、カッシー ニが土星大気圏に突入し消滅すれば放射能汚染を引きおこすことになります。しかし、土星大気の全質量に比べれば無視できるほどの量ということで、問題には ならないということのようです。

(完)

土星環の消失 (その 4)

今回の“The Big Picture” には掲載されていませんが、以下の写真も一見の価値があります。他の画像と同じく、太陽光線が環の真横から当たる時期に撮影されたものですが、F環からトゲのようなものが突き出ています:
2 枚の画像が上下に並んでいますが、下の画像は上の画像の明るさを調整して環と影を見やすくしたものです。

環に対して傾斜した軌道をもった何らかの物体が、 下から上に向かって環を突き抜けた瞬間を捉えた画像とのことです。トゲのように見えているのは、環を構成する粒子が物体に引きずられて光っているもので す。

(続く)

土星環の消失 (その 3)

17番の画像に写っているのは、土星の衛星エンケラドスです。南極付近から氷の微粒子のジェットを吹き出しています。

この画像を見て思い出したのは、以前ビデオで見た東宝映画『妖星ゴラス』 です。地球に向かって進んでくる黒色矮星ゴラスを避けるために、南極に巨大なロケットを建設して地球の軌道を変えてしまうという荒唐無稽な筋書きでした。 南極からロケットを噴射しながら移動していく地球の姿が、この写真のエンケラドスに重なります。この映画で、ゴラスの調査に向かい、最後にはゴラスの引力 に抗しきれずにゴラスに吸い込まれてしまったのが、日本の土星探査隊のロケットであったというのも、なにやら因縁めいています。以下は、同映画の見せ場を つなげた動画です:
(続く)

10月 26日という日

2日ほど遅くなってしまいましたが、過去の 10月 26日には、いろいろ興味深い出来事がおきています:
  •  740 東ローマ帝国の首都・コンスタンチノープル(現在はトルコのイスタンブール)で大地震
  •  899 アルフレッド大王崩御
  • 1775 イギリス国王ジョージ III 世が、アメリカ植民地は反乱状態にあると宣言、アメリカ革命(独立戦争)を軍事的に鎮圧することを承認
  • 1879 トロツキー誕生
  • 1881 アリゾナ州・トゥームストーンで「OK 牧場の決闘」発生 (トゥームストーンという地名がスゴイ。墓石という意味です。)
  • 1918 第 1次世界大戦末期のヨーロッパでスペイン風邪が爆発的に流行、1週間で死者 2225人
  • 1947 ヒラリー・クリントン誕生
  • 1951 ウィンストン・チャーチルがイギリスの首相に就任
  • 1965 エリザベス女王がバッキンガム宮殿でビートルズに MBE 勲章を授与
  • 1977 最後の天然痘患者がソマリアで発生(天然痘の根絶)

参考資料