2009年11月2日月曜日

シュメル神話の中の地震

今、『シュメル神話の世界』(岡田明子・小林登志子、中公新書)を読んでいるところです。多数の神名・人名・地名が出てくるので、巻末の索引を何度も引きながら少しずつ読み進んでいます。そのため、読み始めてからかなり日数が経っているのに、まだ全体の 4割程度のところまでしか、読めていません。

神話というものは、昔から伝わっているもので、作者の名前が明らかになっているものというのは少ないと思います。しかし、驚いたことに世界最古の神話ともいわれるシュメル神話の中に、作者の名前や素性が推定できるものがあるのだそうです。『イナンナ女神とエビフ山』の物語がそれで、愛と豊饒の女神、天の女王、王権の守護神とされるイナンナ女神の「武勇」を記述し賛美する内容です。

この物語の作者として推定されているのは、アッカド王朝の創始者サルゴン大王(紀元前 2334~2279年)の娘・エンヘドゥアンナです。彼女は「史上最古の名の知られた詩人」で、アッカド語に加えてシュメル語も堪能な教養ある女性だったそうです。父親の意向でシュメルの中心都市ウルの初代大神官に就任し、『シュメル神殿賛歌集』を編纂し、イナンナ女神を賛美する多くの詩を残しています。
ここでちょっと世界史の復習: メソポタミア文明はティグリス・ユーフラテス川の流域に栄えた文明で、おおよそ現代のイラクの領土に相当する地域に多くの都市が分布していました。この地域は大きく分けて、北部のシリアに近い地域がアッシリア、南部のペルシャ湾に近い地域がバビロニアと呼ばれます。そのバビロニアの中で、北部(現在のバグダッドのあたり)がアッカド、南部がシュメルです。
話をもとにもどして、『イナンナ女神とエビフ山』の物語の一部を上記書物から引用します:
女神イナンナは山の端を一歩一歩進んでいくと、エビフ山の首根っこをむんずと掴んで、その体内深く刃を突き立て、雷鳴のごとく咆哮した。エビフ山を形成していた岩々が崩れ落ち、そのあらゆる割れ目から恐ろしい蛇たちが毒液を吐き出す。女神イナンナは森をののしり、木々を呪った。旱魃で樹木を殺し、火を放ち、もうもうたる煙で包んでしまった。
(中略)
女神は崩れ落ちたエビフ山に近寄り、「お前があまりにも天に近づきすぎ、あまりにも魅力的で美しく、聖なる衣装をまとったがゆえに、そして私に恭順の意を示さなかったがゆえに、身を滅ぼしたのだ」と勝利を宣言した。
この描写が大地震の記憶を反映しているのではないかとの説があるそうです。エビフ山は実在した山で、現在の名前はジェベル・ハムリン。イラン南部からトルコに向かって北西に伸びるザグロス山脈の一角です。そこに、紀元前 9500年頃の大地震によって崩れた痕跡(断層崖?)が数百キロメートルにわたって残っているとのことです。物語の中の「雷鳴のごとく咆哮」は地鳴り、「あらゆる割れ目」は地割れ、「恐ろしい蛇たちが毒液を吐き出す」は噴砂現象といったところでしょうか。かつて、この山の周辺に火山があったのかどうか。もしあったとすれば、「森をののしり、……火を放ち、もうもうたる煙で包んでしまった」は、火山災害を描写しているのかも知れません。

ザグロス山脈では、アフリカ-アラビア・プレートとユーラシア・プレートが衝突しています。どちらのプレートも大陸性の地殻を持っているため、海溝のような単純な沈み込みとはなっていませんが、どちらかというと前者が後者の下に潜り込む形になっています。