1946年生まれ。古生物学者。大英自然史博物館古無脊椎動物部門主席研究員を退任し、2005年よりロンドン地質学会会長。専門はオルドビス紀の三葉虫と筆石類。著書に『三葉虫の謎』(早川書房)、『生命40億年全史』(草思社)ほか。以前、同じ著者の『三葉虫の謎』も読みましたが、一般向けにここまで包括的かつ詳細に三葉虫について解説した本には出会ったことがなかったので、非常に興味深く、分厚い本ながら3日ほどで読み終えてしまいました。
さて『地球 46 億年全史』ですが、全体で 574 ページの分厚いハードカバーです。まだ 3分の 1ほど読み進んだだけですが、それでもハワイ諸島やヨーロッパ・アルプスの成因などについて、著者自身が現地を訪れて見聞したことがらや、過去の様々な学説が紹介されており、非常に興味深い内容です。それらの叙述の中から、実際に著者が経験したことについての記述を一つ紹介します:
二〇年以上昔のことになるが、私はロンドンの大英自然史博物館に勤務したばかりの頃、大西洋の深海から浚渫されたと思われる標本を受けとった。それは黒い頁岩で、そこには筆石と呼ばれる古代生物の化石が認められた。それらはただちにオルドビス紀のものと鑑定されたのだが、もしその石が海洋地殻から回収されたのだとすれば、プレートテクトニクス理論にとって大きな問題となりかねない(その地殻はすべてオルドビス紀よりずっと後のもののはずなのだ)。しかし顕微鏡で調べてみると、岩片には、深海にいるはずのない海洋生物の殻の残骸が認められた。つまり、その石塊はおそらく深海底に落っこちて、引き上げられるのをじっと待っていたのだろう。さらに調査を進めると、その頁岩の出身地はニューヨーク州のある特定の区域らしいとわかってきた。どうやらバラストだったらしい。船を安定させるために船倉に積み込む石がバラストで、帆船の時代にはごく普通に行われていた。理由はわからないが、そのバラストは、よそ者を載せたまま海底にばらまかれたのだ。そこにはほかにもよそからやってきた岩石があった。はるか北方からは、流氷によって花崗岩の丸石が運ばれてきた。もとはといえば大陸の斜面の端から海中に落ちた塊だ。プレートテクトニクスの提示する地球観を受け入れられない守旧派の人たちは、プレートテクトニクスに矛盾する可能性のあるサンプルが見つかった場合、そのことを鬼の首でも取ったかのように喧伝します。しかし、その後どういう結論が出されたのかについては沈黙していることがほとんどですし、ときには「定説派」の学者たちが事実を無視したり、隠蔽したりしているかのようなことまで、さしたる証拠もなしに言いつのります。
しかし、実態はどうなのでしょうか。上に引用したリチャード・フォーティ氏の経験談は、ほんの一例にすぎませんが、そのようなサンプルが専門家の手にゆだねられ、きちんと検証されていることをうかがわせています。
なお、上記の引用文中で「流氷」と翻訳されている言葉は、「氷山」と理解した方が良いかもしれません。英語の原文がどのような言葉を使っているのかわかりませんが、たとえば、“floating ice”や“drifting ice”などは、水面を漂っている氷全般を指し、「流氷」や「氷山」の区別がありません。翻訳のさいに直訳的に「流氷」としてしまいがちですが、日本語では両者に区別があります。「流氷」は海面が結氷して生じた海氷が割れ、岸から離れて漂っているものを指すのに対して、「氷山」は陸上の氷床・氷河の末端が海に押し出され、漂っているものを指します。
写真は、アラスカ沖を漂う大量の岩石を含んだ氷山。このような氷山が融解すると海洋底に異質の岩石が堆積することになります。これらの岩石は、氷山から落下した岩石ということで「ドロップストーン」と呼ばれます。 Image Courtesy: Bruce Molnia US Geological Survey, Copyright © Bruce Molnia, Terra Photographics; Image source: Earth Science World Image Bank