2017年11月12日日曜日

沈下橋の橋脚が沈降 ― 高知県四万十市


11月11日、高知県四万十市を流れる四万十川に架かる岩間沈下橋(地図)の橋脚が、1ヶ所で1mほど沈降しているのが見つかりました。橋は通行止めになっています。原因は今のところわかっていません:

四万十川の沈下橋については、以下もご覧ください:

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南極大陸の地下にマントル・プルーム


NASAのサイトに11月7日付で発表された記事です。南極大陸の西半球側にあるマリー・バード・ランド(Marie Byrd Land)の地下にマントル・プルームが存在しており、これが氷床の消失の一因になっている、ということがシミュレーションによって確かめられたました。この地域の地下にマントル・プルームが存在するという説は、30年ほど前にこの地域に見られる火山活動やドーム構造を説明するために提唱されていたのですが、今回はこの説が詳細なシミュレーションによって裏付けられたとのことです。「気温の上昇だけでは南極大陸で失われた氷の量を完全には説明できない」:

少し前までは、この種の研究発表では、環境保護団体などからの非難を避けるためか研究予算獲得で不利益を被らないようにするためか、末尾に「この研究は人間活動に起因する温暖化を否定するものではない」という趣旨の断り書きがよく見られたのですが、トランプ政権が誕生してからは風向きが変わってきたのかも知れません。


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ヨーロッパ上空に放射能雲


ここ数週間、ヨーロッパ上空に放射性物質の雲が漂っている、とフランスの研究機関が11月9日に発表しました。9月最後の週に、ロシアかカザフスタンで核関連施設から放射性物質の漏洩があったと推定されています。検出されたのは放射性の〝ルテニウム 106〟で、自然には存在せず、原子炉の中で核分裂反応にともなって生成されるものです。半減期は約1年で、その半減期の短さから核医学の分野で利用されているとのこと:

ほとんどのメディアが健康や環境に影響はないと報じています。悪名高い枝野官房長官(当時)風に言えば「直ちに人体や健康に影響を及ぼす数値ではない」といったところでしょうか。しかし、専門家は、漏洩があった地点の近隣では有害なレベルに達したはずだと推定しています:

ロシアは、自国が放射性物質の漏洩源ではない、と否定しています:

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2017年11月11日土曜日

マダコが異常なほど大漁 ― 宮城県


『河北新報』の11月10日付の記事です。宮城県の三陸沿岸でマダコが異常なほど大漁となっているそうです。大漁の原因については、海水温の上昇やエサとなるカニが豊富なことなどが挙げられています。「こんなに捕れたのは初めてだ」、「約60年ぶりの大漁」:

「約60年ぶりの大漁」とありますが、約60年前といえば1957年前後。このころに三陸付近で大きな地震が起きていたかといえば、1956年9月・宮城県南部 M6.0、1960年3月・三陸沖 M7.2、1962年4月『宮城県北部地震』 M6.5 があります。また、北海道やその周辺で被害地震が多発していたようです ―― 1958年11月・エトロフ島付近 M8.1、1959年1月・『弟子屈地震』 M6.3+M6.1、1961年8月・釧路沖 M7.2、1962年4月・十勝沖 M7.1 など。

なお、日本の地震によるものではありませんが、三陸沿岸は1960年5月に『チリ地震津波』に襲われています。

このブログで過去に扱ったタコ関連の記事は以下のとおりです:

2014年8月の「タコが大漁 ― 神奈川県川崎市」について、関連づけられるような大きな地震は発生していません。しいて挙げれば、翌年5月に小笠原諸島西方沖で M8.1(最大震度5強)、9月に東京湾で M5.2(最大震度5弱)などです。記事には、阪神淡路大震災前のタコの異変が記載してありますのでご覧ください。


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天宮1号が落ちてくる (続報-6)


11月10日、中国の宇宙ステーション「天宮1号」の平均軌道高度が 300km を割り込みました。8月中旬から軌道の低下率が大きくなり、9月上旬からさらに加速しています。11月5日ごろからは低下率がさらに大きくなりそうな兆候も現れています:

日本も参加している国際宇宙ステーション(ISS)は、随時ロケットを噴射して、軌道高度を 405km 前後に保っています:

通常の人工衛星では、高度120kmあたりから空気抵抗の影響が顕著になり、高度80km前後から急速に破壊が始まるといわれていますが、衛星の大きさや形状によっても違いがあると思われます。

落下時期の予想については「続報-4」をご覧ください。

ESA(欧州宇宙機関)は、天宮1号の質量や材質から判断して、一部が燃え尽きずに地表に到達する可能性があると発表しています。落下する可能性があるのは北緯43度から南緯43度までの範囲で、日本の領土・領海では北海道の北半分を除く全域が含まれています。


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2017年11月8日水曜日

地震パニック、諜報機関が地震予知情報を流す ― パキスタン


2017年12月末までにインド洋で大地震と大津波が発生するとの地震予知情報をパキスタンの軍統合情報局(ISI)が関係機関に流し、パキスタン地震復興庁(ERRA)が警戒態勢に入るという騒ぎが起きています:

この大地震と大津波は、インドの Babu Kalayil という男性が超能力(第六感)によって予知し、9月20日付でインドのナレンドラ・モディ首相宛に文書で警告したもので、インド政府からは全く無視されたものでした:

この件で ISI は、ウサーマ・ビン・ラーディンの居所すら把握できなかったのに地震は予知できるんだとか、新しいスキルを習得したんだんだね、などといった物笑いの種になっているそうです:

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小惑星 2017 VE が地球と月に接近・通過


小惑星〝2017 VE〟が、11月4日に地球と月に接近していたことがわかりました。

この小惑星は最接近後の11月5日に発見されたもので、アポロ群に分類され、直径は 12~28m と推定されています。直径の小さい小惑星ほど発見が遅れ、地球接近(最悪の場合は衝突)の直前、あるいは接近・通過後になる傾向があります。

小惑星 推定直径
(m)
接近日時
(日本時間)
接近距離
(LD)
2017 VE12~28 (地球)11月4日 14:13
 (月)11月4日 19:18
0.88
1.12
(1LD=地球から月までの平均距離) 

この小惑星が最接近した時の地球との相対速度は秒速14.1km(時速約5万1000km)と計算されています。

このブログでは、原則として地球から2LD以内に近づく小惑星を記事にしています。2LDよりも離れたところを通過する小惑星まで含めると、毎日数個は地球に接近しています。直径が1kmを上まわる大きな小惑星は、概ね30LDよりも遠いところを通りすぎて行きます。白亜紀末に恐竜を絶滅に追いやったとされる小惑星(あるいは彗星)の直径は少なくとも10kmはあったと推定されています。


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2017年11月4日土曜日

黒潮大蛇行と地震 (補足)


9月30日付「黒潮大蛇行と地震」の補足です。

気象庁が黒潮について、大蛇行となる可能性があると発表したのは8月30日、「大蛇行しているとみられます」と発表したのは9月29日ですが、漁師(静岡市の用宗漁港、地図)はそれ以前から異常に気付いていたとのことです。今朝(11月4日)の朝日新聞『天声人語』から:
漁師たちは8月から異変に気づいていた。例年なら沖で南風を浴び、海面が緑色に染まる時期にも、富士山から北風が吹き、海の色が薄かった。「悪い兆し。こりゃ秋は相当ヤバいぞって仲間内で心配していました」

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2017年11月3日金曜日

ゴジラと「だるま太陽」


11月2日朝、和歌山県那智勝浦町で撮影されました。ゴジラのように見えているのは弁天島(地図)です:

弁天島は南紀熊野ジオパークのジオサイトに選ばれており、周辺の海食台には熊野層群中に貫入した泥ダイアピルが上昇流動したことがよくわかる構造が現れているとのこと。

ダイアピル(diapir)とは、「周囲の岩石と比重の差のある流動性の岩体の塊が浮力で垂直に移動して,その上部の地層などに貫入して形成された構造」(『岩石学事典』朝倉書店)のことで、この付近の泥ダイアピルについては次のように説明されています:
地下深くにあった泥を多く含む岩石(泥質岩)が、地下水圧の上昇で液状化し、周囲の地層を取り込みながら、上の地層に割り込んだもの(泥ダイアピルという)が見られます。地下水圧の上昇は、プレートの沈み込みによるスラスト(低角な逆断層)運動によって起こったと考えられています。(ジオサイト紹介 太地町より)

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2017年11月1日水曜日

巨大クジラ座礁、その3日後、地響きと共に岬が2つに割れた


宮城県石巻市と南三陸町の境にある神割崎(かみわりざき、地図)では、例年10月下旬と2月中旬ごろの各1週間ほどの期間、巨岩の割れ目から朝日が昇る幻想的な光景が見られるそうです。神割崎には「巨大な鯨が海岸に打ち上げられた」、「地響きと共に岬が二つに割れた」、「神様が下した裁き」という伝説が残っているそうです:

以下は神割崎の観光案内です:

上記の案内によると伝説は以下のようなものです:
時は宝暦年間(1751年~1763年)、巨大なクジラがこの地に漂着しました。土地の人は喜びクジラを分けようとしましたが、この場所はちょうど2つの村、十三浜村小瀧と戸倉村寺浜の境界。どちらの村も「この場所は自分たちの村で、クジラも自分たちのものだ」と譲らずに争い始めました。そして3日目の晩、雷鳴・地響きが起こりここにあった巨岩が真っ二つに…。あまりにもまっすぐに割けていたことから「これは神様の仕業であろう」と、その後はこの地を境界として争うこともなくなりました。

もう少し詳しい説明が案内板に書かれています。案内板の写真から伝説を文字に起こしてみました:
神割崎の伝説

 口伝によると、宝暦年間(1751~1763)の昔、横沼の浜辺に大きい鯨が弱り果ててよってきたそうだ。浜人たちは天のお授けとばかり、大いに喜び鯨を分けようとしたが、場所は十三浜村小瀧(現石巻市北上町十三浜)と戸倉村寺浜(現南三陸町戸倉)の浜辺、常日頃仲良く暮らしていた両地区だが、欲のために義理人情も忘れ、互いに「この場所は自分たちの村内」と言い張り、一歩も譲らず、鯨を目の前にして三日三晩も争ったそうだ。ついに奉行にも訴えたが、さすがに時の奉行(登米奉行)も、にわかのことで裁きかねてしまった。すると不思議や三晩目の夜、ものすごい雷雨と同時に横沼の浜方面に落雷があった。翌朝、浜の人たちが横沼の浜に行ってみると、不思議や一夜にして横沼の岩が一文字に裂け、磯の境界を示す型となったそうだ。
 両浜の浜人たちはその神秘に驚き、「是れ正しく神業」と信じ、争いをやめ、鯨も両浜で仲良く分け合い、その割れ目を両村の境界と決めたそうだ。

【北上町史より】

落雷で巨岩が2つに裂けるということは全くあり得ないとは言えません。しかし、雷鳴や地響きは地震の描写かもしれない、事前に衰弱したクジラが浜に打ち上げられているのは宏観前兆かもしれないことなどと考えると、岬の岩が裂けたのは強い地震があったからではないか、とも考えられます。

宝暦年間からその次の明和年間にかけて(9代徳川家重、10代徳川家治の治世)、東北地方では強い地震が頻発しています。以下は理科年表からの抜粋です:
  • 1755年3月29日 M不明 陸奥八戸 殿中ならびに外通りに被害、津軽・盛岡で有感。

  • 1763年1月29日 M7.4 陸奥八戸 11月初めより地震があり、この日大地震。寺院・民家が破損。函館でも強く感じた。津波があり、余震が多かった。

  • 1763年3月11日 M7+ 陸奥八戸 余震が続く中、この日強震。建物の被害が多かった。

  • 1763年3月15日 M7.0 陸奥八戸 城の塀倒れ、御朱印蔵の屋根破損。

  • 1766年3月8日 M7+ 津軽 弘前から津軽半島にかけて被害が大きかった。弘前城破損、各地に地割れ、津軽藩の被害(寺社含まず)は、潰家5千余、焼失200余、圧死約1千、焼死約300。

  • 1767年5月4日 M不明 陸中 鬼柳(現北上市)で潰家1、焼失20余。津軽・八戸・盛岡・花巻・羽前南村山郡・江戸・八王子で有感。

  • 1768年9月8日 M不明 陸奥八戸 家屋・塀などの被害が少なくなかった。和賀郡沢内で震動が強かった。

  • 1969年7月12日 M不明 八戸 御殿通り・外側通りで所々破損。南宗寺で御霊屋など破損。大橋落ちる。

神割崎は現在も石巻市と南三陸町の境界となっています。


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