2009年4月21日火曜日

ラクイラ地震とプレートテクトニクス

【2016年8月28日追記】 この記事は執筆から時間が経ったため、文中のリンク先のほとんどがコンテンツの移動や削除によってリンク切れの状態になっています。それらの不具合を解消した改訂版の方をご覧ください。

4月 6日にイタリアで発生した M6.3 のラクイラ地震については、日本でもいろいろ報道されています。しかし、この地震がどのようなテクトニクスによって発生したのか、明確に説明した報道はなかったように思います。たとえば、私が購読している朝日新聞が 4月 7日朝刊に掲載した記事では、次のように書かれています:
北西-南東方向に延びる断層面を境に、地面が両側に引っ張られる正断層型とみられる。
 イタリア半島は、すぐ南の地中海で、アフリカプレート(岩板)が北上してユーラシアプレートに衝突し、内陸部にひずみが蓄積されている。
 さらに、この一帯では、より細分化された「マイクロプレート」と呼ばれる塊がひしめき合っている。このため、さまざまなタイプの地震が起きることが知られている。
アフリカプレートとユーラシアプレートが衝突し、互いに押し合っている地域で、内陸部にひずみが蓄積されているという点までは良いのですが、そのような場所で「地面が両側に引っ張られる正断層型」の地震が起きたのはなぜでしょうか。記事では、「『マイクロプレート』と呼ばれる塊がひしめき合っている」からだと説明していますが、これですんなり納得できる読者はどの程度いるのでしょうか。記事を書いた記者本人も、この地震の発震機構についてよくわかっていないのではないでしょうか。

少し詳しいプレートテクトニクスの教科書などで地中海地域のテクトニクスを調べると、ユーラシアプレートとアフリカプレートの間の非常に込み入った境界を示す図や、この地震の発震機構につながる説明があるのですが、ネット上でわかりやすい説明はなかなか見つかりません。そんな中で、エジンバラ大学の地質学者が自身のブログに簡潔な説明を載せていますので紹介します:
上記ブログ記事の内容を説明する前に、イタリア周辺の基本的な地名について書いておきます。長靴の形をしているイタリア半島ですが、その付け根を取り囲むように屹立しているのがアルプス山脈、イタリア半島の中央部を北西から南東に向かって貫いているのがアペニン山脈です。今回の地震はこのアペニン山脈で発生しました。長靴(イタリア半島)のつま先で蹴飛ばされている小石のように見えるのがシチリア島、長靴の脛(すね)に向かい合っている2つの大きな島は、南側がイタリア領のサルデーニア島、北側がフランス領のコルシカ島です。これら 3つの島とイタリア半島に取り囲まれている海がティレニア海、長靴の底に面しているのがイオニア海、そして、長靴のふくらはぎ側に面しているのがアドリア海です。

上記ブログ記事には 3つの図が掲載されています。これらを上から順番に図1、図2、図3と呼ぶことにします。

図1 は、1981年から2002年の間に発生した地震の分布図です。記事によれば、ほとんどがアペニン山脈沿いで発生する震源の浅い小規模地震で、マグニチュードは最大でも 5、しかし過去 100年間では マグニチュード 6以上の地震が 9件発生しているとのことです。米国地質調査所(USGS)版の分布図は以下にあります:
図2 は、今回の地震の発震機構を示す震源球を簡略化して描いたものです。実際の発震機構を描いた図は以下にあります。計算に使う観測データや計算方法によって微妙な差がありますが、本質的な差はありません。
いずれの図を使うにせよ、これらの図からわかることは、今回の地震が正断層型であり、断層の走向はおおよそ北西-南東の方向、断層を動かした力はそれと直交する北東-南西方向の張力ということです。この張力はアペニン山脈と直交する方向に働いています。

発震機構を示す図の見方については、以下の気象庁のページにわかりやすい説明があります:
いよいよ本題の図3 の説明になります。記事から引用・意訳します:
なぜアペニン山脈で伸張応力による拡張が起きているのだろうか。地中海西部のテクトニックな歴史は、実のところ非常に込み入っている。アフリカとヨーロッパのプレートが動くことによって、その間にあった大きな海洋の最後の部分は、沈み込みによってほとんど破壊されてしまった。現在この地域にある海洋地殻は、最近 4000万年程度の間に背弧海盆の拡大によって新たに形成されたものである。現在の両プレート間の衝突境界(衝上断層と海溝)は、図3に赤い線で示されているように、イタリア半島の東岸と南東岸からシチリア島を経て、北アフリカまで延びている。この衝突境界は、赤い矢印で示してあるように、ヨーロッパから離れるように南方向と東方向に移動している。この移動によって上盤側(ヨーロッパ側、つまりイタリア半島)の地殻は引き伸ばすような力を受けている。

地理的に広い範囲で見れば、2つのプレートは衝突している。しかし、局地的なレベルでは、ティレニア海という背弧海盆が南西方向に拡大しており、この拡大がイタリアのテクトニクスの主要な原動力となっている。このため、アペニン山脈を形成した衝上断層は、現在では伸張応力に駆動される正断層として再活性化されている。この衝上断層から正断層への転換は、残念ながら、地震をより被害の少ないものにすることはない。
図3と同じようなプレート境界線は、日本で出版されたプレートテクトニクスの書籍でも見かけますので、大方の支持を得ている定説とみなして差しつかえないと思います。もちろん、研究者によって多少の差異はあります(たとえば、境界線がシチリア島の北岸を通るのか、南岸を通るのか、あるいはシチリア島を横断しているのか、など)。

背弧海盆とは、日本海やオホーツク海のように島弧と大陸の間にある(海溝側から見て島弧の背後にある)海のことです。背弧海盆は海洋性の地殻をもっています。また、多くの背弧海盆は、海嶺の両側で見られるような地磁気の縞模様をもっているので、拡大しているか、かつて拡大した時期があると考えられています。

長くなりましたので、背弧海盆はなぜ拡大するのか、海溝のそばでなぜ正断層ができるのか、海溝はなぜ後退するのか、地中海東部と西部のテクトニクスの違い、などについては別途書こうと思っています。また、地中海地域のテクトニクスを造山帯の崩壊過程ととらえる考え方もできれば紹介したいと思っています。

Image Credit: U.S. Central Intelligence Agency