2009年4月13日月曜日

イタリアの地震は予知されていたのか

このブログの 7日付の記事「イタリアの地震は予知されていた」の続報です。今回のイタリアの地震がラドン・ガスの観測によって予知されていたという報道に対して、AAAS(米国科学振興協会)が発行する科学誌『サイエンス』のサイトが、専門家の反応を集めた記事を掲載しています:
記事のタイトルにある “Radongate” は、地震前に増加したとされるラドン・ガスと、米国のニクソン元大統領が辞任に追い込まれたウォーターゲート事件をからめて、今回の予知騒ぎが何かうさんくさい疑わしさを秘めていることを暗示しているのだと思われます。

以下は記事からの抜粋です
(ラドン・ガスによって地震を予知し警告を発したとされる)ジャンパオロ・ジョアッキーノ・ジュリアー二(Giampaolo Gioacchino Giuliani)とは何者なのか。彼は、グラン・サッソ(アペニン山脈の最高峰)にある国立研究所で働いている。メディアは、イタリア国立原子核物理学研究所の地震学者、物理学者、技師などと伝えているが、同研究所の所長は科学誌『ネイチャー』に対して次のように語っている。「彼は技師(テクニシャン)であって、地震については彼が個人の趣味としておこなっていることである。研究所のプロジェクトとはまったく関係がない。研究所としては報道にいささか困惑している。」

イタリアの報道では、ジュリアーニ氏は過去数年にわたって CAEN(物理研究用の実験装置を製造・販売する企業)の研究者と共同で、ラドン検知器/地震予知器を開発してきたとのことである。

イタリアの他の報道や、ジュリアーニ氏を知るイタリア人研究者の話によると、ジュリアーニ氏は地殻から放出されるラドン・ガスと地震との関係を以前から研究してきた。また、報道によると、ジュリアーニ氏は、地震発生の詳細な場所と規模を数時間以上前に知らせるラドン監視装置を開発したと主張しているらしい。そのような装置の 1台がグラン・サッソに、もう 1台が今回の地震が発生したアブルッツォの近くに設置されているとのことである。

ラドンと地震予知の研究には数十年の歴史がある。研究は特に日本でさかんだった。しかし、地震の前兆とされる手がかり、それも疑わしいものが多すぎたため、この分野への関心は薄れてしまった。

ワシントンにあるカーネギー研究所の地震学者で “review on earthquake prediction”(地震予知の再検討)という論文を 1976年に共同執筆した Paul G. Silver 氏は、イタリアの地震とジュリアーニ氏について次のように語っている。「実際に地震予知をおこなうさいの根拠としてラドンが使える段階まで、ラドンについての研究が進んだということはまったくありえない。われわれは、いかにして地震を予知するかをいまだに知らない。したがって、ジュリアーニ氏の警告は(当局によって)適切に取り扱われたと思う。いくつかの報道機関は、過去数週間にわたって被災地域で地震活動が活発化していたと伝えている。これが真実であるならば、われわれの現在の知識レベルに鑑みて、まだ警報を出す機は熟していなかった(これらの地震活動によってラドンガスが増加したことが考えられるから)。私の知るかぎりでは、ラドンにしろ他の観測にしろ[ただし前震の観測は例外]、地震前兆として信頼できるものであるとは実証されていない。もちろん、それらの観測結果を見ることは有益だが。」

10年ほど前に地震予知は可能か否かという大きな影響力をもった討論がおこなわれたが、その議長をつとめたエジンバラ大学の地震学者 Ian Main 氏は、「ラドンは地震前兆として合否ラインすれすれとみなされてきた。ラドンは統計的な検証において有意性を立証できなかった」と語る。

グラン・サッソの研究所で働いているペルージャ大学の Paolo Diodati 氏は、ジュリアーニ氏は地震予知は可能であるとの考えを支持している点ですでに間違っていると考えている。しかし、 Diodati 氏はジュリアーニ氏が見いだしたことは科学界の注目を集めるに値するとも考えている。また、Diodati 氏は、地方当局がジュリアーニ氏の警告に対してとった態度には批判的である。「自分が集めたデータが物語っていると考えるものを公衆に知らせることによって、研究者が捜査対象とされるようなことがあると、科学者は萎縮し、ふたたび警報を鳴らすリスクを冒すことをためらうようになってしまう。」

これとは対照的に、ボローニャ大学の地震学者で、地震予知について多くの著作がある Francesco Mulargia 氏はさらに否定的で、e-メールで次のような見解を寄せている:

「地震前兆としてのラドンは過去 30 年間にわたって徹底的に研究されてきたが、科学的な方法による検証に耐えられなかった。その結果、ラドンは信頼できる地震前兆として使うことはできないという結論が広く受け入れられている。今回、予知をおこなった人物は地震学会ではまったく無名である。彼の分析方法やデータはピア・レビュー(同分野の科学者による事前査読)のある専門誌に掲載されたこともなければ、科学分野の会議において発表されたこともない。このような状態では、彼の分析方法やデータが真剣に検討されることはないと思う。」

今回のイタリアの地震は、停滞している地震予知の研究を再活性化するのだろうか。そう考える人はわずかである。「一つの事例から結論を引き出すのは困難である」と前出の Ian Main 氏は言う。

今回の地震やラドン・ガスによる予知についての一次報道がイタリア語でなされており、欧米の英語圏メディアも混乱しています。たとえば、ラドン・ガスの観測によって地震を予知していた人物の所属や職種についても記事によって大きな違いがありますし、一つの記事の中でも敬称に “Mr.” をつけている部分と “Dr.” をつけている部分があるなど、首尾一貫していないものもあります。それを受けて日本の報道にも各社各様の違いが出ています。たとえば、朝日新聞では「震源に近いラクイラを拠点に研究する物理学者ジャンパウロ・ジュリアーニ氏」、毎日新聞では「この学者は震源地のラクイラ在住の元国家原子力研究所職員、ジャンパオロ・ジュリアーニ氏」、CNN の日本語版では「グラン・サッソ国立研究所のジョアッキーノ・ジュリアーニさん」となっています。

グラン・サッソにあるイタリア国立原子核物理学研究所では、ニュートリノ振動と呼ばれる現象を捉えるための OPERA と名付けられた実験が行われています。これは、スイス・ジュネーブ郊外にある CERN(欧州原子核研究機構)の粒子加速器で発生させた素粒子を、アルプス山脈やアペニン山脈を貫通させて、730km 離れたグラン・サッソの地下にある装置で検出・分析しようとするものです。案の定というべきか、今回の地震の原因はこの実験だったと言い出すおバカさんが出てきているようです。

OPERA 実験については、下記を参照してください:
今回の予知騒動の顛末について、簡潔な解説が下記ページの「ジュリアーニ技師による予報」という項目にあります:
Image Credit: U.S. Central Intelligence Agency