2011年7月29日金曜日

小松左京さん逝く


日本SF界の草分けで「ミスターちんぼつ」の異名をもち、数々の分野にまたがる多彩なSF小説や評論などを著してきた小松左京さんが、26日に亡くなりました。死因は肺炎だそうです。

以前はかなりのヘビースモーカーだったようで、若いころの写真にはたばこを手にした姿が多く見られます。自分が病死するとすれば肺ガンだろう、自分の肺を開けば真っ黒なタールがたらーりと流れ出してくる……と冗談めかして語った、というような記事をどこかで読んだ記憶があります。

アポロ11号の月面着陸について、「人類の月到達は数え切れないほどの小説に描かれていたが、どのSF作家も予想できなかったことが一つある、それは月への第一歩を記す瞬間がテレビで全世界に生中継されたことだ」と指摘したのも同氏だったと思います。

同氏の作品としては、映画化された『日本沈没』や『さよならジュピター』をあげる方が多いと思います。しかし、私の印象に残っている作品は、悠久の時の流れや無限の宇宙の広がりを感じさせてくれる『果しなき流れの果に』、『神への長い道』、『継ぐのは誰か?』などです。『日本沈没』や『さよならジュピター』は、日本で安っぽいお涙ちょうだいの映画にされてしまったために、原作の雰囲気が壊されてしまいました。できることなら、ハリウッドで映画化してほしかったと思います。

今回の訃報を契機として、書店には同氏の作品が平積みされることになると思います。これまで小松作品をあまり読んだことのない方は、上記のような長編ではなく、『本邦東西朝縁起覚書』、『五月の晴れた日に』、『ある生き物の記録』、『蟻の園』(いずれもハヤカワ文庫JA)のような短編集から読み始めるのが良いかもしれません。

同氏についての記事からいくつか紹介します。同氏は、阪神大震災直後のインタビューで、首都圏で大地震が起こった場合どうなるか、について語っています。「配給権のある東京のキー局が、災害で壊滅状態になった場合、果たして今回のような報道姿勢を地方局でとれるか」:

今回の東日本大震災については、「今は大変な時期かもしれないけれど、この危機は必ず乗り越えられる。この先、日本は必ずユートピアを実現できると思う。日本と日本人を信じている」:

最後に、私が読書ノート代わりの京大式カードに書き留めていた小松作品の文章を二つ紹介します。異星人の視点から日本や日本人を見た『ムス・ムス星雲系生物の地球通信』という小説からの引用です。大震災、原発事故、財政破綻の危機とそれらに対してまったく無力な(というよりはむしろ有害ですらある)議会制民主主義など、国難ともいえる混乱に直面している日本に対するある種の視点を提供してくれていると思います:

▼ニホン人の見事な負けっぷり、負け上手
…… 軍事的に優勢な彼等がはいって来た時、非常に面白い現象が起った。高圧的な ―― しかし後世の大陸遊牧帝国の残忍さと徹底性にくらべれば、はるかにゆるやかな ―― 征服者の脅迫に、少しは抵抗したが、先住民族の首長は、結局きわめてあっさりと、支配権を征服者にゆずりわたし、自分は辺境の一地方に隠退してしまうのだ。被害を最小にとどめる「無血政変」の最初のパターン ―― これこそ、この小島住民の歴史の中にくり返し出てくるのだが ―― は、実にこの時あらわれるのである。…… このニホン人のあまりに見事な負けっぷり、負け上手……。

▼クニタマ(國霊?、國魂?)の浮上
この国の連中は、みな論理よりも深いカンで動く。大変動の時は、どんなにすぐれた理論も役に立たないし、へたに力をふるって、理論のものさしに強引に事態をあてはめようとすると必ず大きな被害が出る。たくさんのすぐれた連中が、いっせいにカンで動き始めると ―― なんというかな、この国でいうクニタマみたいなものが集団の底からあらわれてきて、まず大体考えられる一番いい状態におちついていく。