2023年9月4日月曜日

「自然」に発狂の気味のあるのは疑ひ難い事実である

 
いろいろな植物が季節はずれに花を咲かせていることから、小説家の芥川龍之介が関東大震災を予言していたという話。青空文庫収録の『大正十二年九月一日の大震に際して』から引用します。文中の「僕」が芥川龍之介です ——

 大正十二年八月、僕は一游亭と鎌倉へ行き、平野屋別荘の客となつた。僕等の座敷の軒先はずつと藤棚になつてゐる。その又藤棚の葉の間にはちらほら紫の花が見えた。八月の藤の花は年代記ものである。そればかりではない。後架の窓から裏庭を見ると、八重の山吹も花をつけてゐる。
  山吹を指すや日向の撞木杖    一游亭
   (註に曰、一游亭は撞木杖をついてゐる。)
 その上又珍らしいことは小町園の庭の池に菖蒲も蓮と咲き競つてゐる。
  葉を枯れて蓮と咲ける花あやめ  一游亭
 藤、山吹、菖蒲と数へてくると、どうもこれは唯事ではない。「自然」に発狂の気味のあるのは疑ひ難い事実である。僕は爾来人の顔さへ見れば、「天変地異が起りさうだ」と云つた。しかし誰も真に受けない。久米正雄の如きはにやにやしながら、「菊池寛が弱気になつてね」などと大いに僕を嘲弄したものである。
 僕等の東京に帰つたのは八月二十五日である。大地震はそれから八日目に起つた。
「あの時は義理にも反対したかつたけれど、実際君の予言は中つたね。」
 久米も今は僕の予言に大いに敬意を表してゐる。さう云ふことならば白状しても好い。――実は僕も僕の予言を余り信用しなかつたのだよ。