2009年5月29日金曜日

ラドン予知の真相

4月 6日(月)にイタリア中部の都市ラクイラ(L'Aquila)とその周辺を襲った M6.3 の地震では、300人にせまる死者が出ました。その地震について、ジャンパオロ・ジョアッキーノ・ジュリアー二(Giampaolo Gioacchino Giuliani)という人物がラドン・ガスの量の増加から予知に成功し、そのことを当局に通報したが認められず、さらには一般市民に地震の発生を警告する行為も当局によって制止されていたという報道がなされました。その後のことは日本ではあまり報道されていませんが、欧米のメディアでは、多くの専門家がジュリアーニ氏のラドン予知について疑問を投げかけていることが伝えられています。当初は「当局に弾圧された」とアピールするジュリアーニ氏に同情的だったメディアも、専門家の意見を好意的に扱うようになっています。

私の見るところ、批判は 2つのポイントに集約されます ―― (1)過去 20年以上の研究によって、地震とラドン・ガスの濃度には明瞭な相関がなく、地震予知には使えないことが明らかになっていること、(2)ジュリアーニ氏の予知は、地震予知の 3要素のうち、少なくとも発生時期と場所が大きく外れており、同氏の予知どおりに当局が住民を避難させていたら被害がさらに大きくなっていた可能性があること。

以下は、そのような検証記事の代表例です(4月25日付の記事ですが、残念ながら現時点でリンク切れになっています):
以下に上記記事から抜粋・意訳します:
科学者たちは、ラドンが地震の警告シグナルである可能性があるとして 1970年代から研究してきた。地震の前にラドンの放出が認められたいくつかのケース ―― たとえば、1995年に日本の神戸で起きた地震の前には、地下水に含まれるラドンのレベルが通常の 10倍に跳ね上がった ―― が確認されたが、全体としては地震とラドン・ガスの相関は地震予知に使えるほど強くもなければ十分でもなかった。

1979年には、混乱を引きおこすようなラドン・シグナルの事例が発生した。カリフォルニア州南部に設置されたラドン検知器(互いに 30km 離れて設置)が、その年の夏の初め頃から異常に高いレベルのラドンを記録し始めた。ラドンのレベルは 10月になると低下し、そのすぐ後に 3つの地震が発生した。

一つ目の地震は M6.6 で、(検知器から?)南東に 290km 離れた場所が震源だった。残り 2つの地震は M4.1 と M4.2 で 65km 離れた場所で発生した。小さい方の地震の一つに近い位置にあったラドン検知器では、ラドンのレベルの上昇が認められなかったばかりか、地震の数日前には逆にラドン・レベルが通常より低下したことを記録していた。

この事例は科学者たちを困惑させた。ラドン・レベルの上昇と下降からどのような予知を引き出せば良いのだろうか。地震の前に検出されることがある二酸化炭素など他のガスや電磁気発生についてのデータも同様に困惑させるものであった。
さらにジュリアーニ氏の予知について記事は次のような見方を伝えています:
ジュリアーニの予知は地震の発生時期と場所が外れていた。彼は実際の地震よりも少なくとも 1週間早い時期に、実際の震央より 50km 離れた町(スルモナ Sulmona)で地震が起きると予測していた。もし当局がジュリアーニの予知を真に受けて対策を講じていたとしたら、間違った町の住民を間違った時期に避難させることになっただろう、とカリフォルニア大学バークレー校の地球物理学教授 リチャード・M・アレン(Richard M. Allen)氏は語っている。
上記のような見方はほとんどの専門家に共通しているようです。以下は、Kim Hannula という女性の地質学教授のブログ記事です:
このブログでは、ジュリアーニ氏の予知の不適切さについて次のように指摘しています(意訳しています):
地震予知の 3要素(時期、場所、規模)の情報は、緊急事態に際して避難指示を出す立場の責任者にとって非常に重要である。小さな地震は毎日世界のどこかで発生している。地震が人びとに影響を与えるのは、人びとが住んでいる場所の近くで地震が発生するか、地震の規模が大きい時だけである。もしあなたが避難指示を出す立場だったとしたら、地震が起きなかった場合には、いつ避難指示を解除できるかも知っていなければならない。

この最後のポイント、つまり地震の発生時期がジュリアーニ氏の地震予知の最大の問題点である。いくつかの報道によると、ジュリアーニ氏の予知は地震発生時期として 3月 29日の 24時間を指定していた。仮に、彼のラドン測定値が今回発生した地震と関係があったとしても、彼の予知技法は地震発生のタイミングを誤っていた。さらに加えて、地震発生場所も明らかに間違っていた。彼の予知した場所は、実際の震央から 50km(注 1) 離れたスルモナ(Sulmona)という町だった。米国地質調査所(USGS)の公開している今回の地震の震度分布地図では、ラクイラから 30km 離れた場所のメルカリ震度は "V"(注 2)であり、建物が壊れたり、死傷者が出る可能性は低かった。予知の 3要素のうちの 2つが間違っていた。もしスルモナの住民が、ジュリアーニ氏の(ラウド・スピーカーなどによる)警告にしたがって(震源により近い)ラクイラに避難していたら、どんな事態が生じていただろうか。
上記のような見方は多くの専門家に共通しているようです。地震予知に求められる厳しい条件を物語っています。

当局がジュリアーニ氏の警告を真に受けず、さらに同氏がインターネット上で公開していた警告を削除させたことは、結果的に妥当な判断だったということになりそうです。

過去の関連記事:
(注 1) ブログの原文では「30km」となっていますが、他の報道では 50km となっており、また私が実際に地図で測定したところでは約 54km でしたので、50km に改めました。
(注 2) USGS の記述によると、メルカリ震度階の "V" は「ほとんどの人が揺れを感じる。多くの人が目を覚ます。いくつかの皿や窓などが破損する。不安定なものが倒れる。振り子時計が止まる」となっています。建物の構造などが違うので単純には比較できませんが、日本の気象庁震度階級の震度 3 から 4 程度に相当するのではないでしょうか。

Image Credit: U.S. Central Intelligence Agency