2009年5月3日日曜日

エレバン放送

一つ前の記事「アルメニア上空の白い十字架」に関連して、エレバン放送のことを書きます。旧ソビエト連邦をはじめとする社会主義諸国に流布したジョークに、「エレバン放送もの」というジャンルがあります。エレバン放送とは、アルメニアの首都エレバンにあるとされた架空の放送局です。このエレバン放送局が聴取者の質問に答えるという設定の短めのジョークが「エレバン放送もの」です。

アルメニアは、かつては「アルメニア・ソビエト社会主義共和国」として、ソビエト連邦を構成する共和国の一つでしたが、なぜアルメニアの架空放送局がジョークの題材とされたのかはよくわかっていません。

以下に、「エレバン放送もの」のジョークをいくつか紹介します。出典は『スターリン・ジョーク』(平井吉夫編、河出書房新社)です:
ソ連には、自由な意見の交換が存在するのでしょうか? ―― 原則的には存在する。たとえば独自の意見を持って党会議に出席し、かわりに党書記の意見を持って帰る。

いまやソ連は共産主義に向かって行進しているのに、なぜ相変わらず食料が欠乏しているのでしょうか? ―― 行進中に、ものを食ったりはしない。

戦車とは、なんですか? ―― 戦車とは交通手段であり、ソ連兵士が兄弟諸国への友好的訪問に利用するものである。
3番目のジョークにある「兄弟諸国への友好的訪問」とは、ハンガリー、チェコスロバキア(当時)、アフガニスタンなどの衛星国(*)への軍事的介入を指しています。1956年に起きたハンガリー動乱では、スターリン主義に反対して起きた反ソ・デモにソ連が軍事介入しました。チェコスロバキアでは、1968年、「プラハの春」と呼ばれる知識人らを中心とした自由化・民主化運動が活発となり、共産党政権もこれに応じたため、ソ連軍と東欧 5ヵ国の軍隊からなるワルシャワ条約機構軍がチェコスロバキアに侵攻、同国での民主化運動を鎮圧しました。アフガニスタンに対しては、1979年に発生したクーデターをきっかけに、ソ連が友好協力善隣条約に基づいて内戦に軍事介入しています。西側諸国はこの軍事介入に抗議して、翌年のモスクワ・オリンピックをボイコットしました。


(*)衛星国: 最近あまり耳にしなくなった言葉です。世界大百科事典(平凡社)には以下のように解説されています:
satellite states 主権国家でありながら軍事・政治・経済・外交その他の政策決定、さらに政治体制の性格そのものについてまで、国際社会で支配的な影響力を持つ大国の拘束を受け従属的地位にあって常に追随した行動をとるとみなされる国々を批判的に指す語。語源は王朝時代のフランスだが、 …(略)… 第 2次大戦後は米ソを極とする自由主義陣営と共産主義陣営の対立による冷戦構造の編成が、米ソ超大国の周辺に位置したりそれらの勢力圏と色分けされる地域に相手側陣営から衛星国と呼ばれる国々を生んだ。ソ連の下にある東欧諸国、アメリカの下にあるラテン・アメリカ諸国は、しばしばその例とされる。 …(略)…
認めたくはありませんが、日本は「アメリカの同盟国というよりは衛星国である」と言われてもしようがない面があります。

Image Credit: U.S. Central Intelligence Agency