2009年2月5日木曜日

六種震動

最近知ったのですが、仏教用語に「六種震動」(「六種動」、「六震」)という言葉があります。『広辞苑』(岩波書店)には次のように書かれています:
世に瑞祥(ずいしよう)がある時、大地が震動する六つの相。すなわち、動・起・涌・覚(または撃)・震・吼。六種動。
摩訶般若波羅蜜経』には、次のような文言があります:
そのとき世尊は、もとよりその師子座に坐ったままに師子遊戯三昧に入った。すると神通力によって三千大千国土は感動し、六種に震動した。
東に涌き西に没み、
西に涌き東に没み、
南に涌き北に没み、
北に涌き南に没み、
辺に涌き中に没み、
中に涌き辺に没み、
大地はみな柔軟に動き、衆生を和やかに悦ばせた。
大地の震動を非常にポジティブなものとして記述しています。なぜ、大地の震動、すなわち地震が瑞祥と結びつくのか不思議です。同じ疑問を抱く人はいるようで、次の記事の執筆者もその一人です:
阿含経の一部に地震被害の記述があるものの、仏典のほとんどで地震は瑞兆として扱われているとのことです。釈迦が布教活動をおこなった地域は、大きな地震がほとんどおきない地域だったという意味のことが書かれています。しかし、釈迦の生きた時代と今日で、インドの地震発生パターンに大きな違いがないとするならば、釈迦が強い有感地震をまったく経験したことがなかった、というのは大いに疑問です。

六種震動は実際の地震とは無関係で、釈迦の言動に不動の大地ですら感動して震えるという擬人化が発端となり、それが肥大して各種の教典に組み込まれてしまった、とでも理解するしかないのでしょうか。

「六」という数字には、現代の地震計が 3軸 6方向(東・西・南・北・上・下)のゆれを記録するように設置されることに通ずるものがあります。