2009年1月12日月曜日

フィリピン海プレートとウナギ

10日に投稿した「移動する海嶺、広がる南極プレート」の記事で、プレートテクトニクスを学び始めたばかりの人からよく出る質問(FAQ)の一つに「フィリピン海プレートには海溝があるのに海嶺がないのはどうして?」というものがあると書きました。たとえば、以下のページにある質問が典型的なものでしょう:
回答の中には、巷間トンデモ説と見なされている内容のサイトを紹介したものもありますが、その他の回答は「まだ解明されていない、地学研究上のナゾ」、「解っていない」としています。しかし、一方で:

地球上にはたくさんのプレートがあり、重なり合い、また生まれては消えていきます。太平洋プレートは比較的新しく活発であり、フィリピン海プレートの海嶺はその活動に飲み込まれてしまったのではないでしょうか。今あるのはその残骸の活動と考えれば、一応説明はつくと思います。
とも書かれており、これは比較的妥当な考え方だと思います。

たしかに、フィリピン海プレートは沈み込む海溝だけがあって、プレートを生産する海嶺がないように見えます。その点では、南極プレートやアフリカ・プレートとは逆の立場にあると言えます。仮にそうであった場合は、「移動する海嶺、広がる南極プレート」にも書いたとおり、プレートの境界である海溝が移動して、プレートの生産と消費のバランスをとることになります。つまり、フィリピン海プレートは徐々に縮小するということです。現実にそのような例があります。フィリピンの南方、スラウェシ島(セレベス島)の東にモルッカ海という小さな海があります。モルッカ海プレートは、ほぼ南北に走る二つの沈み込み帯にはさまれて東西両方向に沈み込んでおり、いずれ2つの沈み込み帯が接触してモルッカ海プレートは消滅すると考えられています。

しかし、本当にフィリピン海プレートには、海溝だけで海嶺はないのでしょうか。

フィリピン海がどのように形成されたかについては、専門家の間で完全に一致した見解があるわけではありません。しかし、フィリピン海はユーラシア大陸の縁海(背弧海盆)として始まり、その後、数次の拡大期を経て今日の姿になったという考えが大勢です。

基本的な点を抑えるために、『世界大百科事典』(平凡社)の「フィリピン海」項目から必要なところを抜粋すると、以下のとおりです:
(フィリピン海の)大部分の海底は海洋性地域をもつ。中央部を九州南東方からパラオ諸島まで九州・パラオ海嶺と呼ばれる高まり(古島弧)が縦断する。九州・パラオ海嶺上の唯一の島である沖ノ鳥島(パレス・ベラParece Vela礁)は最南端(北緯約20°)の日本領土である。九州・パラオ海嶺の西側を(西)フィリピン海盆と呼ぶ。フィリピン海盆は台湾南東沖から東南東へ走るセントラルベーズン断層を拡大軸として、6000万年前ころから4000万年前ころまでの間に拡大してできた海底だとされており、水深は6000m前後ある。その北端には沖大東海嶺、大東海嶺(南・北大東島はこの上にある隆起サンゴ礁である)、奄美海台という三つの古島弧がある。九州・パラオ海嶺の東側の海底は、北を四国海盆、南をパレス・ベラ海盆と呼ぶが、どちらも約3000万年前から1500万年前ころまでに拡大してできた海盆であり、4500mないし5000mの水深をもつ。そのさらに東には、西七島海嶺から西マリアナ海嶺へつづく古島弧がある。西マリアナ海嶺の東側のマリアナ弧で囲まれる三日月形の海盆はマリアナトラフと呼ばれ、約500万年前以来拡大をつづけている水深3500m前後の起伏に富んだ海底である。フィリピン海の北東部に、マリアナトラフに相当する現在拡大中の海底があるかどうかについてはまだはっきりしない。西七島海嶺と七島・硫黄島海嶺の火山弧の間が拡大中との説もあるが、もしそうだとしても、マリアナトラフに比べると拡大した海底の面積も、拡大期間も小さいらしい。
上の記述で注目して頂きたいのは、次の3点です:
  • フィリピン海にも数本の海嶺が走っていること(必ずしも中央海嶺というわけではありません)、
  • かつて拡大軸があったこと、
  • 現在も拡大を続けている海底があること、です。
つまり、フィリピン海プレートは沈み込むだけではなく、現在も拡大している部分があるということです。さらに、プレートの拡大は、中央海嶺の専売特許ではなく、トラフでもおこるということです。縁海(背弧海盆)にはこのパターンが多いようです。

なお、マリアナトラフという地形が出てきますが、トラフというと知名度の高い南海トラフからの連想で、プレートが沈み込む場所と誤解している方がいます。しかし、トラフは必ずしもプレートが沈み込む場所だとは限りません。沖縄諸島の西側にある沖縄トラフ(側の琉球海溝とは別)やこのマリアナトラフは、海底が拡大する場所となっています。つまり、トラフには、海溝と同じくプレート収束帯の働きを持つ南海トラフのようなものと、中央海嶺と同じくプレートを拡大するはたらきをもつマリアナトラフのようなものがあるということです。

文章だけでフィリピン海プレートの形成過程を理解するのは困難だと思います。そこで、以下に紹介するページを見て頂きたいと思います。1ページ目の下の方に、各海嶺の位置を示す地図やフィリピン海プレートの成長過程を示す地図があります。

ニホンウナギの産卵場所は長い間ナゾとなっていましたが、最近、フィリピン海プレート上にあるマリアナ諸島西方沖の海山であることが明らかになっています。この産卵場所はフィリピン海プレートの成長につれて移動してきました。このことが、ニホンウナギの種分化に大きな役割を果たしたのではないか、との考えが述べられています。実に興味深い内容です:
1ページ目に添えられているフィリピン海プレートの形成過程を示す地図でもはっきり示されていますが、プレート境界の海溝が、新たに誕生したり、消滅したり、移動したりしていることに注目してください。