このブログの 11月 18日付記事「木星の衛星エウロパに魚が生息?」の中で、『メデューサとの出会い』というアーサー・C・クラークの小説のことに触れました。この小説は、核融合炉を熱源とする熱気球につり下げられた宇宙船に搭乗する主人公が、木星の大気圏内で体験・目撃する驚異の現象や生物との遭遇を描いています。
主人公が目撃したさまざまな現象の中に、移動する複数の光の帯があります。光の帯は、くっきりとした輪郭を持ち、それぞれ 100km ほどの間隔と平行を保って、サーチライトの光が雲の下を走っているように移動していきます。この未知の現象についての主人公からの問い合わせに対して、衛星ガニメデにある基地から、以下のような調査結果が送られてきます:
「(略) きみが目撃したのは、生物発光だ――地球の熱帯の海で見られる微生物の発光現象にきわめて近いものと考えていい。もちろん、ここでは海ではなく大気中でおこるわけだが、理屈は同じだ」この“ポセイドンの車”(Wheels of Poseidon)は、実在の現象なのか、クラークの創作なのか。ずいぶん昔に初めてこの小説を読んだときには、わかりませんでした。しかし、インターネットでの検索が使えるようになって、この現象が実際に存在するものであることがわかりました。ただし、情報はきわめて限られており、類似の記述があちこちで見られるため、出所は一つではないかと思われます。上の引用でクラークがあげている目撃事例は、残念ながら確認することはできませんでした:
(略)
「(略) これとそっくりのものがインド洋とペルシャ湾で目撃されている――ただし数千分の一というミニチュアだけれども。これを聞いてくれ。英領インド会社所属パトナ号、ペルシャ湾、1880年 5月午後 11時 30分――“光り輝く巨大な車輪が回転しつつあり、そのスポークは船体をなぎはらうかのごとく通過。スポークは全長 200 ないし 300 ヤード……車輪はそれぞれ 16本のスポークを有し……” もう一つは、オーマン湾での記録だ。日づけは、1906年 5月 23日――“まばゆい光輝はみるまにわれわれに接近すると、さながら戦艦のサーチライト・ビームを思わせる、明瞭な輪郭を持った光の柱をやつぎばやに西にくりだしはじめた……われわれの左側に、どこからともなく巨大な炎の車が現れた。そのスポークは、目のとどくかぎりのかなたまでのびていた。車の回転していた時間は、2分ないし 3分であろう” (略)」
(略)
「(略) これが完全に解き明かされたのは、20世紀後半なんだ。光る車輪はどうやら海底地震の結果として生じるらしい。しかも浅い海に限られている。衝撃波が反射し、規格化された波形ができるところだ。縞になることもあるし、回転する車輪になることもある――“ポセイドンの車”という名で呼ばれている。海底で爆発をおこし、その結果を人工衛星から写真撮影して、はじめてこの理論が証明された。(略)」
『メデューサとの出会い』(アーサー・C・クラーク、ハヤカワ文庫 SF1730、早川書房)から引用
小説の中で主人公が目撃した光の帯は、この“ポセイドンの車”のスポークだったようです。地球の海中でおきる“車”と比べて、木星の大気中の“車”はあまりにも巨大なため、その一部しか見えない主人公からはスポークどうしが平行に見えたということです。
インド洋では、アメリカ海軍の艦船が海中の発光現象について多くの目撃報告をおこなっています。この中には、“ポセイドンの車”もあったようです。以下は、アメリカの海軍研究所が 1981 年に出した調査報告書の複写です:
- Analysis of Fleet Reports of Bioluminescence in the Indian Ocean (インド洋における生物発光についての艦隊報告の分析、pdf形式、URL は http://www.dtic.mil/cgi-bin/GetTRDoc?AD=ADA109133&Location=U2&doc=GetTRDoc.pdf)
- IMPLICACIONES MARINAS DEL FENOMENO OVNI (UFO現象と海との関係)