2009年3月16日月曜日

銃乱射事件と満月

3月に入ってから、世界各地で銃の乱射などによる殺人事件が続いています:
  • 6日午前 アメリカ・オハイオ州 5人死亡、1人重傷
  • 7日夕方 イギリス・北アイルランド 2人死亡、4人重傷
  • 11日午前 アメリカ・アラバマ州 10人死亡、犬3匹死亡、犯人自殺
  • 11日夕方 ドイツ・バーデン・ビュルテンブル州 15人死亡、犯人自殺
  • 15日午後 アメリカ・フロリダ州 4人死亡、犯人自殺
  • 15日午後 アメリカ・ワシントン州 2人死亡、妻と継娘を斧で殺害
上記リストの事件発生日時はいずれも日本時間に換算してあります。北アイルランドの事件は、テロ事件と見られているので異質ですが、他の 5 件には政治的背景はありません。11日に 2件 発生し、1件当たりの犠牲者数も多く際だっていますが、11日は日本時間午前 11 時 38 分に月齢が 15.0 に達し、満月となっていました。

以下は上記事件を伝える記事の例です:
実は、先月アメリカの科学誌『サイエンティフィック・アメリカン』に掲載された、満月と人間の異常なふるまいについての下記記事を読んだばかりでした。記事では、満月と人間の異常なふるまいの関係“lunar lunacy effect”(以下「満月効果」)をきっぱりと否定しています:
記事を読んだときのノートから抜粋して紹介します:
満月の神秘的な力が、異常な行動、精神病院の入院、自殺、殺人、緊急救命室への搬送、交通事故、プロ・ホッケーの試合での乱闘、犬咬傷など、あらゆる種類の奇妙な出来事を増やすと考える人は現在でも多い。2007年、イギリスの警察は、犯罪率上昇に備えて満月の夜に警察官を増員。

ある調査によれば、大学生の 45% が満月の夜には精神疾患を患う人は異常な行動をしがちだと信じており、また別の調査では、精神衛生の専門家の方が一般の人よりもこのような確信を持っている傾向があることが示されている。

古代ギリシャの哲学者アリストテレスや古代ローマの博物誌家プリニウスは、脳内の水分が満月の影響を受けると考えていた。人体の約 80% は水分であるので、現代でも月の潮汐力が体内の水に影響を与え、その結果、満月のときには異常な行動が増えると考える科学者がいる。しかし、少なくとも 3つの理由によって、この考えは否定される:
  1. 38万キロ彼方の月よりも、腕にとまった一匹の蚊の方が人体に及ぼす潮汐力は大きい。しかし、蚊が腕にとまっても人は異常なふるまいをおこさない。
  2. 月の重力は、海や湖のように開放された場所にある水にだけ潮汐を引き起こすが、人間の脳内のような閉じた場所にある水分には潮汐をおこさない。
  3. 月の重力的影響は満月のときも新月のときも同じであるにも関わらず、月が見えない新月のときに異常な行動が増えるという話はない。
満月の影響を熱心に主張する人たちにとって最大の問題は、満月と異常な行動の関係を示す証拠が存在しないことである。フロリダ国際大学の研究者によっておこなわれた包括的な統計的調査によって、満月と犯罪、自殺、精神医学上の問題、危機管理センターへの電話(日本の 110番や 119番に相当)件数などと満月はまったく無関係であることが示された。

この包括的調査の後も、満月効果に肯定的な研究報告があるとの指摘が散発的に続いた。しかし、詳細な調査によってこれらの報告内容は否定されている。たとえば、ある報告では満月の夜には交通事故が増えると結論づけていたが、データに致命的な欠陥が見つかった。この報告が調査対象とした期間中の満月は週末と重なることが多かった。週末には多くの人がドライブに出かける傾向があるため、このデータは偏っていた。報告書を提出した研究者がこの偏りを除去したところ、満月効果は消え失せた。

満月効果が単なる都市伝説にすぎないにもかかわらず、ここまで広まっているのはなぜか。いくつかの理由があるが、報道や映画などの取り上げ方が要因となっていることは間違いがない。ハリウッド製の多くのホラー映画が満月の夜を犯罪や異常なふるまいがおきやすい時期として演出している。

さらに重要な要因は、多くの人びとが陥っている“illusory correlation”(幻相関) ―― 実際には存在しない関連性を認知してしまう現象。われわれの心は、ある現象がおこらなかったことよりも、現象がおこったことの方に注意・関心が向き、よく思い出す傾向がある。これが幻相関をもたらす。満月のときに変なことがおこると、われわれはそれに気づき、記憶し、他の人たちにそのことを話す。そうするのは、満月と変なことが同時におこることが、われわれの予想に合致するからである。それと対照的に、満月のときに変なことが何もおこらなかった場合、現象が起こらなかったという事実の記憶は急速に薄れてしまう。このようなわれわれの記憶の選択性の結果、満月とおびただしい数の奇妙な出来事の間の関係が誤って認識されてしまう。

満月効果を信じている精神科の看護師は、そうでない看護師に比べて、患者の奇妙なふるまいについての記録をより多く残す傾向がある。

満月効果は、少なくとも現代の世界では、月がグリーン・チーズでできているという古くさい考えと同じレベルである。
上記の記事が述べている「幻相関」は、宏観異常と地震の関係にも起こりえます。たとえば「地震雲」。怪しい形状の雲を見た後で地震がおきると、そのことはよく記憶され他の人にも伝えられるのに対して、怪しい雲を見た後で何もおこらなかったときには、その記憶が急速に薄れ他の人に語られることも少ないのではないでしょうか。このような相関についての誤認は、科学分野の研究でもおこりがちです。それを防ぐために、科学の世界では様々な統計学的方法が開発されてきました。宏観異常と地震の関係を立証するためには、そのような統計学的な検定をクリアすることが最低限の条件ですが、民間の地震「研究者」で実戦している人は極めてまれです。せめて、「地震雲あり+地震発生」、「地震雲あり+地震なし」、「地震雲なし+地震あり」、「地震雲なし+地震なし」に分けて集計するなどの努力をしてほしいものです。

よく「雨の降っているときには地震が少ない」という話をネット上で目にします。これは、上記の記事に出ている交通事故と満月の関係を示すデータに偏りがあったという話と似ているように思います。1年 365日 8760時間のうち、雨が降っている時間というのは意外に少ないものです。時間が少ないということは、その間に発生する地震の数も少なくなります。したがって、雨の降っているときにおきた地震の数と、それ以外のときにおきた地震の数を単純に比較したのでは意味がないことになります。

そのほかにもネット上では、さまざまな現象と地震を結びつける話がまことしやかに語られていますが、ほとんどは上記のような幻相関、データの偏り、疑似相関、確証バイアス、認知バイアスなどの疑いがぬぐい切れず、迷信や都市伝説の域を出ないと私は思っています。そのような状況を克服して、ある現象と地震の関係を立証するには統計的な検定を避けては通れないのですが、そのような認識のある方はまれなようです。