2009年2月26日木曜日

スラッシュボール・アース

スノーボール・アース仮説(全地球凍結仮説)は、次第に定説の地位を得つつあるようです。今から数億年前の太古の時代に、地球が全面的に凍結、あるいはそれに近い状態に複数回陥ったことは、最近では事実として受け入れられるようになりました。正面からスノーボール・アースを否定する論文はほとんど出てこなくなり、かわって、完全に凍結していたのか、部分的には凍結を免れていた場所があったのか、という観点に議論が移っているように思います。下記の『ニューサイエンティスト』の記事が紹介している研究もその一つです:
アメリカの女性研究者が、ブラジルで採集された全地球凍結時代の岩石中に、光合成をする藻類や細菌の痕跡を見つけ、それにもとづいて、当時地球は完全には凍結していなかったとの論を展開しています。このような藻類や細菌が棲息できた環境は、地表が完全に露出していたか、地表まで光が透過する程度の薄い氷に覆われていたかのいずれかであって、分厚い氷に閉ざされていたとは考えられないとの主張です。

完全凍結を意味するスノーボール・アースに対して、少なくとも地球表面の一部は厚い氷には覆われていなかったとする考えをスラッシュボール・アースと呼んでいます。「スラッシュ」とは、解けかかった雪やぬかるみを意味する言葉です。

スノーボールであったか、スラッシュボールであったかはさておき、ここまで広く全地球凍結仮説が普及したのは、最初の提唱者で磁気に関する専門家であるジョー・カーシュビンク博士が示した古地磁気にもとづく強力な証拠を、いまだに誰も覆せないことが大きな理由であると思います。仮説が登場した初期には、太古の氷河の痕跡があるのは、当時その地方がたまたま極地にあったためで、赤道地方までが凍っていた証拠とはならないという初歩的な誤解にもとづく反論がありました。しかし、カーシュビンク博士の提示した証拠は、氷河の痕跡が古地磁気の記録から間違いなく赤道地帯で形成されたものであることを明確に示していたのでした。

その証拠とは、地磁気の伏角、すなわち地磁気の磁力線が水平に対して何度傾いているかです。この伏角は、北極や南極に近づくほど大きくなり、逆に赤道地帯に接近するほど水平に近づきます。カーシュビンク博士は、天才的ともいえる発想で、氷河の痕跡地層に含まれる岩石に残された古地磁気の伏角が水平かそれに近いことを証明してしまいました。その過程では、岩石中の古地磁気記録が後の時代に上書きされた可能性や、地殻変動による地層の変形の可能性などを、絶妙ともいえるアイディアで排除しています。詳しいことは、『スノーボール・アース』(ガブリエル・ウォーカー、早川書房)や『全地球凍結』(川上伸一、集英社新書)などの書物をお読みになるのが良いと思います。

地磁気の伏角と緯度の関係については以下ウィキペディアに解説があります:
地磁気のベクトルは、赤道付近を除けば、地面に対して平行ではなく、地面と斜めに交わるかたちになっている。ある地点において水平面と地磁気のベクトルとがなす角を伏角といい、(以下省略)
以下はスノーボール・アースについての総合サイトです。英語なのが残念ですが、スノーボール・アースについての豊富な情報が掲載されています。トップページの右側にある「For Students」にはわかりやすい解説があります:
スノーボール・アースに対してこれまで出された批判に対する反論もまとめられています:
同サイトが提供する以下のプレゼンテーションパッケージも、多数の写真や図を使い、体系立ててわかりやすくスノーボール・アースを説明しています:
同サイトでは、スノーボール・アースを証拠立てる岩石サンプルの貸し出しもおこなっています: